疲れていた。仕事場から家までの帰路に『夕飯の支度が出来ない程疲れている私用』としてそこに存在している総菜屋を通り過ぎたのにも気が付かず、私は可能な限り思考の回路が休んでいる状態で自宅まで辿り着き、玄関の鍵を開けた。鍵を鞄から探っている際に大切な書類に盛大に皺を付けたがなんとも思わなかった。パンプスの足型から解放される喜びの方が勝った。喜びといっても、恐ろしく重たい溜息によってそれは体現された。

私は鞄をフローリングの廊下の隅に放って、電気のスイッチにも手を伸ばさずにキッチンへ進んだ。苦しみから解放されたばかりの足の先をさっそく、柱にぶつけた。苛立ちと同時になぜ、できるだけ身体の負担を軽減させたいという確かな意思の上で冷やされた水を闇の中探し求めるという冒険をしているのかと疑問に思い笑えた。冷蔵庫のドアの縁を探り当てた。開けてまぶしい刺激に目を細めながら、二リットルのペットボトルから直に水を数回に分けて飲んだ。やっと脳がすこしの潤いを取り戻して、私はふと鼻腔に届く卵の香りに視界をも取り戻したのだった。

「うわ」

一人暮らしの私の家の冷蔵庫には、私の認知が伴わない料理が丁寧にラップをかけられて眠っていた。卵の火の通りにばらつきがあって、ケチャップライスが飛び出していたりするそれは多分オムライスだった。私の家に無断で入ることの出来る人間は一人しか居ない。卵の上にケチャップソースで描かれた、まるまるとほっぺが垂れているネコのかおの絵が確信となっている。煉獄が作ったのだ。彼の描くネコの絵が私はとても好きだ。それを彼も分かっている。という事はこれは疲れて帰ってきた私へのご褒美なのである、少なくとも煉獄にとっては。口の中が苦くなった気がしてもう一度水を飲んだ。水のおいしさを存分に確かめてから、私の身体にとどめを刺す事になろう存在をみつめた。描かれたネコは、毛玉を吐き出すまえのような苦しい表情をしている。



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