「わたしも口付けした事ないよ」

どういう流れでその話になってしまったのか把握できずにいるが、桜餅を咀嚼することに夢中になっていた煉獄は自身の隣にいる名前の一言で焦りを感じた。彼女の向こう側に座り同じく桜餅を頬張る甘露寺が、頬を染め上げて眉を下げた。

「そうよねそうよね。だから私、口付けした時の気持ちなんて分かりっこないから、その時返答に困っちゃったのよ」
「私なら想像で返すかも」
「例えば、どんな風に?」
「うーん……」
「……」
「………」
「……」
「駄目だ、やっぱり難しい。だけど確実に脳が気をおかしくすることだけは分かると思う」
「私もそうとしか思えないのよ。考えただけでも心臓が破裂しそう。でも読んだ小説の中の女の子は、優しい穏やかな気持ちになったり、時間の流れが止まったように感じるらしいの」
「口付けで時間が止まるの?わたしそれって耐えられないかも」
「私もよ名前ちゃん。きっと失神するわ」

それから名前と甘露寺は、同時に湯飲みに口を付け茶を啜った。まるで煉獄が二人の隣に居る事を忘れてしまっているみたいに。煉獄は桜餅の乗った皿に手を伸ばす事を辞め、両膝に乗せた握り拳の中で盛大に汗をかいていた。この三名の内二人は口付けの経験がある。煉獄は名前の唇に触れたことがある。だがそれは二人の会話を聞くまで、煉獄の脳内で安らかに眠っていた記憶だった。怪我を負って中々目を覚まさない名前と、水と間違えて酒を飲み酔いが回った煉獄という条件が揃った場の元、間違いなく煉獄が起こした行動だ。

ある。名前と俺には口付けの経験が。

きつく握った手の中には水溜りが出来ている気がした。「そうだ、煉獄はどうなの?」名前と甘露寺が、一斉に期待を込めた瞳を寄こした。



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