「起きろなまえ。」

なまえは体を優しく揺さぶられて、うっすらと意識を取り戻した。目も開けぬままに、寝入った時の柔らかさを、背に感じない事で不思議に思う。でも体にはきちんとブランケットがかかったままであったので、それをぎゅうっと握りしめながら、なまえは薄く目を開けた。

「ん…ん?」
「なまえ、おはよう。」
「どこ、ここ。」
「海に着いた。」
「えー?」

声を出せば、錆兎に寝癖の付いた髪を撫でられた。やっと重たい瞼を開いてなまえは、寝室のベッドから車内のシートに移動している事に気が付く。十分に倒されている座席のシートに手をついて上体を起こせば、窓の外に自然と目が行き、薄暗い景色の中に、揺れ動く水の流れを見つけた。

「わっ!海じゃん!」

ぺたりと両手を窓につけて、なまえは言う。

「だからそうだって、言ってるだろ。」

なまえが窓の外の景色から錆兎に視線を移せば、彼は少し不安そうにこちらを見ていた。「どうしたの。」なまえは言う。寝起きだからか、はっきりとした大声を出したばかりだというのに、声が掠れてしまった。車の中は、暖房が効いていたけれど、なまえはブランケットを無意識に手繰り寄せた。寝ている間に海に連れていかれていて、それなのに錆兎が少し戸惑っているからだ。

「なまえが海を見たいって言うから、どうせなら朝日を見せてやろうと思ったんだ。」

錆兎はフロントガラスに向き直って、車のハンドルに手と肘をつきながら言う。錆兎がハンドルに少しだけ体重をかけるから、革の擦れる音がなった。

「でもお前、そういうサプライズみたいなの、好きじゃない、よな。悪い、寝ていたのに。」
「…ええ?」

なにを言われるのかと内心どきどきしていたら、そんなふうに謝るから、拍子抜けした。なまえは段々と覚醒してきた脳で、理解する。錆兎は日の入りの景色を見せる為に、なまえを此処まで連れてきたのだ。車内までは抱っこでもして運んでくれたのだろう。彼がこっそりと一人そのことを計画していたのだと思うと、可愛くて、なまえは口元がゆるゆると、だらしなく緩んでしまう。

「……ふふ。」
「…笑うな。」
「だって、こんなところまで連れてきてそれ言う?普通。」
「しょうがないだろ。行きの車内で、なまえがそういうの、嫌いって言っていた事、思い出したんだ。」
「言ったっけそんな事。」
「なっ…、昔言っただろ。…付き合った、ばかりの頃。」
「えーそうだっけ。」
「そうだ。」

錆兎はいよいよ不貞腐れている。その態度の中に気恥ずかしく思っている様な表情が見て取れて、なまえは益々笑ってしまう。錆兎は、とっても可愛い。でもきっと、それを言ってしまったらいよいよ取り返しがつかないくらいには不機嫌になりそうだと、なまえは思うので黙っておく。窓の外は、だんだん、だんだんと昼間の明るさの準備を始めようとしていて、きっと、きっともうすぐにその海と空の境界から、すうっと綺麗な、今日の始まりが顔を出す。なまえは錆兎の用意してくれた景色ならばきちんと向き合おうと思って、ブランケットから手を離して、錆兎の腕を強引に取って指を絡める。

「朝日、見たらすこし、水、触りに行こうよ。」

隣から、短く返事が返ってくる。錆兎は、可愛い。彼女を驚かせたいなら、もう少し堂々としていればいいのに。お互いの掌がぴったりとくっついている。朝日はきっと、もうすぐに、私達の顔をオレンジに照らしてくれる。




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