なまえは煉獄の隣へしゃがみ込んだ。ポケットから出したライターを手渡すと、彼はそれを灯して、片手で火が消えてしまわないように優しく覆った。光を手のひらで包んでいるみたいだった。なまえは夜の暗さの中、煉獄の顔が優しく照らされている事に忍び笑いを漏らしながら、自身の手にある線香花火の先端を、煉獄が守ってくれている火の先に置いた。ぱちっと火の粉が見えて、煉獄はライターの火を消した。なまえの持つ花火が、小さく音を立てて始まろうとしている様子を、二人は静かに見守った。

「気をつけろなまえ。一本しかない。」

煉獄がライターを砂の上に置いて、両の手で、ライターの光を守った時みたいに、微かに風に煽られている線香花火を、覆った。花火は、ぱちぱちと数回、火の粉を飛ばした後、ジュクジュクとちいさな音を立てて、まあるく火の玉を作っている。私たちは昼間の間、沖縄本島のビーチで海水浴した後、船に乗って小さな島に着いた。煉獄はこの島の事をなんて言っていたか。すべて彼が計画してくれた旅行なので、(私が、海を見たいと言ったのだ。)なまえはここがどこの島で、さっき荷物を置きに行った小さな民泊宿がなんていう建物だったのか思い出せない。煉獄と一緒なので別に記憶しなくてもいいとすら思っている。でもなまえは、不思議に、先程花火を珍しがってやってきた島の子供たちの名前や(みんな名のどこかに海を連想させる漢字が入っていた。その子達に花火はほとんどあげてしまったので、今手にしているのが、最後の一本。)、昼間、ビーチでの煉獄の写真を、宇随君に送信した時の『なんか、在るべき所に還ったっていう感じだな。』という返信だったり、そういうのは、良く覚えている。(煉獄は、赤の派手な水着姿で、サングラスをつけていて、親指と人差し指と小指を立てた、謎のポーズも決めてくれた。これは煉獄が教師を務める学校の、子供達に教えてもらったらしい。)

充分にぷっくりと膨らんだ火の玉が、弾け始めた。一瞬で枝分かれするように広がって、煉獄が手をゆっくりと退けていった。しゅわ、しゅわ、と悠々とした間隔で、弾けて、消えてゆく。なまえは美しい繊細な光の線に、わあっと歓喜の声を上げたいけれど、煉獄が最後の一本だから気を付けろ、なんて言ったせいで、真剣に手元を固定している。だんだんと、花火の弾ける間隔が短くなってゆく。やっぱり静かな興奮を抑えきれなくなったなまえは、煉獄を横目で見た。煉獄もこっちに視線をくれていて、少しだけふたりで、吐息だけが漏れるふうに、静かに笑った。煉獄が、なまえの背に手を伸ばす。

「あ。」

煉獄が私に触れた時の振動が伝わって、線香花火は寿命を迎えざるを得なくなった。火の玉は砂の上に落ちて、ゆっくりと光を失ってゆく。波の音が急に大きく聞こえた。

「あーあ。煉獄のせいだ。」
「そんなものだろう。」
「でも、綺麗だったね。とっても。」
「俺は、君の横顔の方に気を取られてしまった。」
「うわ、キザー。」
「わはは。」

煉獄は、「君が真剣に見入っているものだから、つい。」と続けて、なまえの背に触れていた掌を、ゆっくりと腰に移動させた。花火が消えてしまって、辺りはしずかで、二人のいる砂浜の先には、大きすぎる海がずうっと続いている。海と空の輪郭は、まどろんで曖昧で、かわりに正しく丸い月と、水面に映ったそれが、ゆらゆらと歪んでそこにある。なまえもまた煉獄の腰に手を回して、空のてっぺんまでずうっと続いてしまっているみたいな海を、のんびりと見渡した。




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