公衆トイレで後ろから抱きしめられる

「私は絶対居ると思うんだ」
「何が」
「幽霊」
「そうは言いつつも、とても楽しそうに見えるが」
「うん。煉獄が怖がるところ想像したら面白くて笑えてくる。あはは」
「…君がそんな調子では出るものも出ないだろうな」

膝元まで生い茂った雑草の中をなまえと進んでいる。どちらも学園の制服であるので、草が俺の足を直接に掠める事は無いものの、なまえは恐ろしく丈を短くしたスカートでいた。膝から太ももまでもが露わになっているので葉の先が触れて擽ったくはならないのかと疑問に思いながら進んでいた。それよりも、彼女はこの先の、閉鎖され廃れた公園に俺を連れていく目的に必死な様だった。辺りはなまえの言う幽霊とやらが姿を現すにふさわしい程に暗く明かりが少なかった。冷たい埃の匂いがした。俺の予想では、時刻は日付を跨ぐ頃だろうと思う。こんな時間に制服姿で補導されてしまえば大変だが、なまえも俺も、家が近所なのであまり危機感は抱いていない。雑草道を抜けると、今は使われていない公園に出た。公園と言っても、公衆トイレと鉄棒しかない、殆ど空き地の様な場所だった。なまえは俺の手を取り、公衆トイレの中に案内した。多目的トイレの様で、広く取られた空間に、壁際に取り付けられた窓ガラスが割れて蜘蛛の巣が張っていた。長らく使っていないため蔦が茂って只の廃墟小屋という印象を受けた。土や雑草の青臭い匂いがした。

「ほらみて、煉獄」
「むう」
「これ」
「これが?」
「女の人の顔に見えない?幽霊の顔だよ」
「…そうか?只の染みに見えるが」
「え?…この世に未練の有る幽霊の顔でしょうこれは」
「うーん…」

なまえは蔦の生い茂る天井の角を指差し、俺に見せた。赤黒い血の色のような染みで彼女の言う通り顔に見えなくもなかったが、リアルでは無かった。それよりもこの場を構成している空気感の方が恐ろしいと思った。長らく人の出入りが無かったであろう、廃れた場。とはいえ、なまえの様な物好きが幾人も足を踏み入れているのだろうが。俺は一目でその天井の染みに興覚めしてしまったので、辺りを見回した。なまえは俺の面白くない反応に首を捻って唸っている。人を驚かせたかったのならば、千寿郎でも連れてくれば良かったのだ。相手を間違えたななまえ、言おうとして、視界の端で不思議なものを捉えた。床の隅に、不自然に盛られた土の山である。

「なんだあれは」
「…え、何?」
「あの土の」
「どこ」
「そこだ」

暗かったので携帯で床を照らしてなまえに見せた。蛍光的な白い光に晒されたそれがしっかりと目視出来た瞬間、なまえが叫んだ。

「うわっお墓!!お墓だ!!」
「……っ」

なまえの絶叫と台詞が、奇妙な雰囲気をぶち壊したので笑えた。土山の天辺に墓石を真似た縦長の石が律儀に添えられていた。悪戯か正気の上かは判別できないが、その粗雑さは明らかに子供の仕業だ。唇を結んで笑いをこらえていると、今更に恐怖に包まれたらしいなまえが背後から抱き着いてきた。反動で体が揺れる。「煉獄!!」まだ煩く叫ぶなまえが掌を差し出してきた。その指先に微量に血が付着しているので何事かと思ったが、「私の足から血が出てる!!」先程の雑草道で切ったのだろうと推測した。きつくなまえの細い腕が巻き付いて、離れない。なまえは恐怖で震えている。俺は笑いを堪えるのに必死で、肩が揺れてしまっている。「呪いだ!こんな所に面白がって来たから、呪われたんだ!」とうとう俺は声を出して大笑いした。俺の気が触れたと勘違いしたなまえが、背後でわんわんと泣き始めてしまっている。






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