台所で膝枕する

「うっ」
「待てなまえ。今水をやる」

なまえが口を片手で抑えつつ流し台に顔を近付ける。顔が真っ赤なのは言わずもがな。酔っているのだ酒に。「蜜璃ちゃんとごはんに行ってくる」などと言い残し、そのまま4時間帰って来なかった彼女が、煉獄家(なまえは、うちで居候の身である)の門の前でしゃがみ込んでいたのを見つけたのは煉獄自身だった。女同士で話が盛り上がり、気付けば酒の入ったグラスを握っていたらしい。頭の隅で、煉獄は大食いの恋柱を想起する。…同じペースで呑めば先に潰れるのがどちらか。目に見えているだろうに。そうして現在、流しにて、だらしのない声を上げて項垂れているなまえに、煉獄は大きなため息をつき、それでも彼女に水の入ったコップを差し出した。

「飲め」

とろんと、瞼を重そうに持ち上げているその瞳がこちらに焦点を合わせようと努力している。頬が桃色を通り越したような赤みで、紅潮している。水を差し出したのに、彼女の手は流しの縁から動こうとしなかった。

「今後甘露寺と呑むのは禁止」
「えー」
「禁止命令」
「えーー」

なまえは視線を煉獄から外して、目を瞑った。相槌が返ってきてはいるものの、煉獄は苛々している。絶対頭に入っていない。会話を試みるだけ無駄なのだけれども。煉獄はとうとう弱々しくしゃがみ込んでしまったなまえに腹が立って、気を戻すようにと、彼女の頭を軽く、ぴしっと叩いた。髪がふわっと、無造作に跳ねる。煉獄はしゃがみ込むなまえの真横で、台所の床でも構いもせずに正座をして、低く硬い声色を使った。

「いい加減にしないか君は。そこへなおれ。言いたい事が山ほどある。今も浮かんでとまらないくらいだ」

だらしがなさすぎるぞ。と付け加える。女性のみでの酒呑みでこんな状態で帰路につく。いつまでも流しから顔を動かさず、水だって飲まない。挙句に話を聞かないしとうとうしゃがみ込む、ときた。苛々せずにはいられないのだが、それもなまえを心配して故の感情だった。ここら辺で一発、ぴしゃりと叱っておかなくては、と気が入る。そうして煉獄が自身の脇へ水の入ったグラスを置けば、なまえはやっと動きを見せて、顔をゆっくりとずらし床に正座する煉獄の膝をじいっと眺め始めた。目は虚ろだが先程よりはましだった。だけれどいつまでも、彼女が姿勢を正す様な様子は無い。

「そろそろ怒号が飛ぶからな」
「煉獄、」
「なんだ」
「ちょ、と」
「おい」

やっと意味のある言葉を喋りだしたかと安堵したのも束の間。なまえの頭がぼすんと煉獄の膝元に落ちてくる。そのまま彼女は、あろうことかごろんと寝転がって、数回頭の位置を調整した後、すうっと眠るように目を瞑ってしまった。

「ちょっと、だけだから、ねむらせて」

掠れたなまえの小さな声が、膝の上から聞こえる。口端を僅かに上げてそれを言うから、煉獄は膝に感じる温かな体温も相まって咄嗟に何も言えずに口を噤んだ。ちょっととは、どれくらいだ。一回寝ると中々起きない、すうすうと寝息を立て始めたなまえに対し、煉獄は思う。その言葉を飲み込むようにして、置いたグラスを持ち上げて、自身で一気に飲み干した。






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