押入れで平手打ち

「なまえ…、ここに居たか」

押入れの中で膝を抱えて、顔を真っ白にして小さく蹲る彼女に寄った。彼女を連れての任務はこれで五回目になるが、鬼を前にするとなまえは何時もその恐怖に、身を隠してしまうのだった。今回は、任務先の民家の押入れに隠れていたという具合だった。死人のように血色を無くした彼女は生きていた。俺の声で安堵したのか、唇に僅かな赤みが戻ってきていた。「ごめんなさい師範」このような隊士は少なからずいた。手合わせではしっかりと稽古通りの力を見せてくれるものの、実践になると刀を抜く事すら出来ない程、無力と化した。仕方がなかった。彼女の過去に鬼の介入が無ければ、鬼殺隊に所属する現在も無かったのだ。膝の上に乗っている手を取った。悲しく震えていた。一度手を離して、彼女の頬を包むように優しく叩いた。「鬼は始末した。俺が付いているのだから大丈夫だ」頬に刺激を感じたなまえは、やっと焦点の合った瞳を此方に向けた。

「……師範」
「君はもう、やめた方が良い」
「そんなこと言わないでください」
「俺が辛いんだ」
「次は私一人で行きますから」
「そういうことじゃない」
「成果が見えない隊士の育成は、嫌ですよね」

全くそういう事ではなかった。解釈を間違えられて、頭に血が上った。次はきちんと痛みが走るように彼女の両の頬を、ぴしゃりと叩いて顔を強く固定した。「い、いたいです!」

「どうしてそう自暴自棄な発言ばかりするんだ」
「だって!こんなのってないです!今日こそ絶対に首を落とすって決めた相手の姿が見えた途端に腰抜けで!」
「この際なのではっきり言うが、君に鬼殺は向いていない!」
「やめて下さい!最低です!私はこれ以外に道が無いんです、居場所なんて無いんです!」
「だったら安全な場所から、俺の帰りでも待っていてくれないか!」
「は!?」

口論の末口走ってしまったが、偽りでは無かった。「……師範が何を言っているのかさっぱり」意味を悟ったなまえの頬が華やかに紅潮したのを見た。俺の中でまだ小さく在ったその気持ちがころりと、確信に変わった。






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