「うぅ」

なまえは一人トボトボと、重い足取りで自宅への帰路についている。本日の、煉獄さんとの任務はなまえ的に大失敗だった。

柱である彼に付いて行く形になった任務で出くわした鬼はとんでもない強さだったし、訳の分からない目晦ましの血鬼術に見事に惑わされ、なまえの判断の遅さも相まって危うく逃がしてしまう所であった。最終的に煉獄さんに庇われながらの立ち回り。勿論鬼の首を斬ったのも煉獄さんだし、私を庇い鬼の爪で怪我をしたのも、煉獄さんだった。もう、最低な隊員。名字なまえは最低な鬼殺隊士。煉獄さんも私の落ち込み様に「生きて帰るだけで充分だ」なんて優しい顔をして頭をぽんと撫でつけてくるし。ああもう、思い出すだけで泣きそうだ。

なまえは潤んできた目から、涙が零れてしまわない様に目を瞑った。
悲しいし、苛々した。足手纏いにしかならなかった自分、完璧にフォローしてしまう煉獄さん、自身より遥かに強い鬼の存在、柱である以前になまえの大切な人の身体から、血を流させてしまった事。もう嫌だ。これでは何故自分が鬼殺隊に属しているのか分からないではないか。一番守りたい人を、危険に晒している。
ぐっ、と羽織を掴み握りしめて我慢したのに、頬に雫が伝ってしまう。足手纏いの泣き虫。最悪だ。
もうやめだ!と全部を投げ捨ててしまいたい。目前の水を張った田んぼに、隊服のまま突っ込みたい。そしてそのまま沈んでしまいたい。あああ。もう。もうっ。

「あああああ」

声を張り上げるでもなく、息を吐くのと一緒に無意味な声を出す。涙は止まらなく流れ、顎を伝って地面に落ち、ぽつりと染みをつくった。傍から見たら変な奴。だけれどその傍に気を配れる程の余裕は残っていない。幸いに自身の屋敷の帰路に続くこの小さな道に、人は見えない。

泣きながらなまえは羽織を握る力を強める。腹が立つ。腹が立ってしょうがない。同時に無気力。道の脇に生える雑草を蹴ってみた。たいして大きな音もせずはらはらと散るから、余計にストレスになった。煉獄さんの怪我は大丈夫だろうか。彼は大したことないと手当もせず帰って行ったが、きちんと引き留めて診た方が良かった。いつもは密かに胸を高鳴らせながら見る煉獄さんの顔。今日ばかりはまともに視線を合わせることなど出来なかった。目を合わせいつもの様に優しく笑まれたりなんかしたら、今頃私は煉獄さんの前で涙腺崩壊してしまっている。本当に、優しすぎる彼の事だから涙なんて見せてしまった日にはもう私が泣き止むまで傍にいて背中をさすってくれるだろう。お断りだ。それだけは避けたい。醜態を晒した挙句にめそめそする自分の慰め役までさせるだなんて。あってはいけない。彼は忙しい。柱なのだ。

「ここにいたのか」

ぴた、と動きを止め、足を地につける。聞き慣れた…というか、先程まで一緒だった、彼の低い声が聞こえたからだ。なんでだ。なまえは俯いたまま自身の足元を見ていれば、目端に炎の羽織が見えた。煉獄さんではないか。おかげで涙は止まったが、伝っていた雫が落ちて、また地面にぽたりと染み入った。

「君の屋敷の前で待っていても、いつまでも帰ってこないから心配したぞ。こんな所で、道草を食っていたのか」
「道草を食った…というよりかは、蹴っていた所です」
「なんだ、思ったより元気そうだ」

煉獄さんの笑い声が聞こえる。なまえは俯いたままで、く、と小さく息を飲んだ。
どうして居るのか。隠し通す事が出来たと思われていた、涙を流す自分を見られてしまったではないか。彼は自身の屋敷に帰っている筈ではなかったか。屋敷まで追いかけてくるくらいだ、何か早急に伝えなければならぬ事でもあるのだろうか。否、それなら鎹鴉にでも伝言を頼めば良い。

なまえはあまり働かない頭で、ゆっくりと思案する。その間、地面の石ころから視線を動かせない。用があるなら早めに済ませて、出来る事ならこの場から去ってほしい。好きな人に泣いている姿なんて、見せたくないものだ。

「何か、ご用ですか」

強がって出た言葉は反してとても弱々しいもので、発した自分が驚く程だ。その声色を聞いてか、煉獄さんの溜息が聞こえる。どうしようもない自分に、呆れかえっているのかもしれない。

「なまえ」

困ったような声色で名前を呼ばれて、なんだか急に恥ずかしくなる。まるで子供をあやす際の様な言い方だ。情けない。恥ずかしくって、頬に熱が集まっていくのと同時に、またなんだか、こみ上げてきてしまって、目を瞑る。目の前が暗い。何も見えない。温い風がすうっと頬をなぞって消えてゆく。土や葉の香りがする。田んぼ道の真ん中で、一体何をやっているのだろう。次に目を開けたら、前に立つ煉獄さんが、そのまま消えてしまっていればいいのに。そうしたら、また安心して涙を流せるのに。
目を瞑ったまま、そんな風にして煉獄さんの気配が無くなるのを待っていれば、なんだか立っているのが嫌になって、その場にしゃがみ込んで膝を抱えてみた。そしてゆっくりと目を開けていけば、やはり彼は変わらずそこに居るようなので、すん、と一度鼻をすする。

「今日は帰って頂けませんか」
「あまり根に持つな。君は同じ失敗はしないだろうから、今日の事は一つ学んだんだと思え」

煉獄さんの大きな手が頭上から降ってきて、わしゃわしゃっとそれはもう犬か何かを撫でるかのように頭をぐりぐりとやられる。

「失敗した、という事は返してみればなまえは、挑戦しているという事なんだ」

言葉に、はっと息を飲む。

「なまえ。君は頑張っている。俺が見ている。何度も失敗していい。俺が君を無事に帰すから安心しろ」

最後まで言葉を聞く前に、はらはらと涙が目から零れる。あんなに泣いている顔を見られたくないと思っていた筈なのに、同じくしゃがみ込んで視線を合わせてきた煉獄さんから、顔を背ける事が出来ない。大きな目に真直ぐ見つめられる。

「とは格好つけてみるものの、やはり君が危険な目に晒されると、こちらも気が気でないんだ」

彼は頭に乗せた手を後頭部へ回し、そのまま引いた。煉獄さんの肩に寄りかかる。喉が震えてしまうから、声が漏れないように力を込めて口を結ぶ。
ぽろぽろぽろ。涙は伝って、煉獄さんの隊服を濡らしている。
煉獄さんの、香りがする。煉獄家を訪れた際に感じるあの香りに、煉獄、杏寿郎さんの、人間味のある温かい優しい香り。伝う雫の量は増えていって、小さく口の端から嗚咽が漏れた。好きだ、と思う。どうしようもなく彼が好きだと思う。私の気持ちを、受け止めてくれる。失敗も。不安も。涙の雫さえも、彼の隊服に、羽織に、落ちて染み込んで、受け止められてしまう。頭から手が離れて、両の腕で抱きしめられる。ぎゅううっと、これ以上くっついたら、一つになってしまうよ、というくらいに隙間無く。胸が圧迫されて、もうどうでもいいという気になって、固く閉じていた口元を緩めれば、ええん、と震えた声が出た。

「追ってきて良かった。一人でなんて、泣くんじゃない」

嗚咽を漏らすなまえの耳元で、安心したように言うから、たまらなくなって同じように腕を彼の背に、回して力を籠めた。そうしたら、ふ、と気の抜けたような吐息が聞こえてくる。水田の泥の匂いと、土の埃っぽさと、どこからか風に流れやってくる葉の匂い。田んぼ道の真ん中で、何をやっているのだろう。でもまだ、暫くはこのまま彼に寄り添っていいだろうか。

慰められる、彼女の話


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