※企画に提出しました。


「ちょっとちょっと、煉獄さん…わっ!」
「う〜〜ん…」

どちゃっと。なまえは寄り掛かる煉獄の重みに耐えきれなくなり、畳部屋になだれ込んだ。

「もう。飲み過ぎなんですよいくらなんでも。普段そんなに、酒を飲まないくせに」

咎めるように言ったところで今の、アルコールを過剰摂取した煉獄に言葉が届いたようには思えない。なまえも鍛えているとはいえ自身より幾分も身体の大きい煉獄に肩を貸し此処(煉獄家屋敷)まで引き摺ってくるのはなんとも苦労したもの。帰路で彼はなまえの顔を凝視し、嬉々として破顔するという行為を狂ったように何度も繰り返した(肩を貸している故に顔が近く、近距離で凝視されるのはとても恥ずかしかった)。

なまえは肩に乗った煉獄の逞しい腕を優しく退けて半身を起こす。支えを失った彼の左腕はそのままだらりと、力なく畳に横たわった。間髪入れずに煉獄は小さく身じろぎをした後、ごろんと怠そうに仰向けに寝がえりを打った。

「はは、煉獄さん。今、顔擦りました?」

ぼんやりと虚ろな眼で天井を見上げている煉獄の頬を見れば微かに赤くなっていて、どうやら倒れた時に畳に擦ったらしかった。沈酔した炎柱からは普段の勇姿を微塵も感じられないと、なまえは内心噴飯ものである。笑いを堪えて口元に優しい輪郭の弧を描きつつ煉獄の赤くなった頬を、人差し指で微かに、撫でるようにしてそこをなぞった。酒のせいでかなり紅潮しているせいあって擦った際に出来た傷は近くでないと分かり辛い。指先が頬に触れると煉獄は、表情はそのままに視線だけをゆっくりとなまえに移す。大きな眼が何時もより濡れていた。

「む…ヒリヒリする」
「やめて下さい。面白すぎます」

いよいよ耐え切れず破顔すると、煉獄は何を考えているのか分からない虚ろな表情でなまえを黙視するだけだった。自身の頬を滑っていくなまえの指を気にする様子は全く無い。

「布団、敷きますからそこで暫し潰れていてください」

よっと。
小さく声を漏らしつつなまえはやっと立ち上がる。なまえ自身も、本日の柱数名で開かれた飲み会に参加していたし、煉獄を見れば分かるだろうが荒れた飲み方をする者が多かった為に雰囲気に飲まれ、現在も結構な度数のアルコールが血中を巡っている様で立ち上がる際に足のふらつきを感じた。押し入れから布団を出しに向かおうと、煉獄の横たわった腕を踏まないように配慮し足を高めに上げて進む。跨ぐ際に煉獄の腕がなまえの足首を捕まえようと浮いてきたが無視した。

もうああなってしまった煉獄に一々断りを入れるのは面倒臭いので、なまえは遠慮なく押し入れを開け、布団を一組取り出して空いた空間に放り投げた。普段ならこんな乱雑な敷き方は絶対しないが。敷布団を広げている際に煉獄を一見すれば、彼はまだ、寝転び天井をぼんやりと頬を紅潮させたまま眺めているだけだった。敷き布を整えて、寝床を整え終わった合図としてぽんと枕を一度叩く。するとその音が呼んだかのようにして廊下からトト、と軽い歩調で此方に近付く音がしたのでなまえは部屋の入り口に目を向けた。足音からしてその方ではないと判別できるが、槇寿郎さんにこの状況を目撃されるのは回避したいと反射的に思う。案の定見えた姿はなまえの苦手な槇寿郎ではなく、煉獄の可愛い弟、千寿郎だった。

「なまえさん…すみません!兄がご迷惑を」

眉を下げ、酔いつぶれている煉獄の姿を見て動揺した挙動で詫びを入れる千寿郎だが、彼は一歩部屋へ踏み入るなりスンと鼻を一度鳴らして、顔を顰め手の平で鼻を覆った。酒臭いのだろう。勿論なまえも酒を過剰摂取しているので酒臭さが部屋を蔓延する原因は自分でもある故に、千寿郎の嫌悪感をむき出しにした所作になまえはまた可笑しくなって忍び笑いを漏らした。酔うと笑いのツボが浅くなるのだろうか。そそくさと窓を開け始める千寿郎が言うのでなまえは肯いた。

「今、水を持ってきますから」
「ゴメンね飲ませすぎちゃって。後は任せておいてよ」

千寿郎が可哀想なのでなまえは、彼がいる間口元を指先で抑えて喋る事に努めた。窓が開けられた為に真新しいさらりとした風が肌を掠めて、それだけで大分酔いが醒めていく気分になった。そのせいでもあるのか、先程まで黙り込んでいた煉獄が「あー」だとか「うー」だとか、言葉になっていない声を上げ始める。千寿郎はそんな変梃な兄を無視して早足に部屋を出て行った。

「さてと」

なまえは煉獄に近付き、ぼんやりと潤む眼を見下ろす。煉獄は天井しか映らなかった視界の中になまえがひょっこり顔を出したので、視線をゆっくりそちらに移したようだ。「いつまで潰れているんですか」と優しい声色で尋ねながら手を差し伸べると、煉獄の口元が微かに開き何か言おうとしている風だったが、どうせまた言葉にならない言葉なんだろうとなまえは続けた。

「はい、煉獄さん。私の手を掴んでください」
「む…」
「はい、出来ましたね。そのまま、起き上がってくださいね」
「ふっ、なんだ、それは」
「布団に運ぶんですよ」
「そうじゃない…その言葉遣いが、なまえの」
「ああ、今の煉獄さん手のかかる子供のようなので。よしよし。お布団に寝ましょうね。」
「っ、はは」

先程酔いが醒めたと言ったが嘘かもしれない。一度口を開くとなまえも大概だ。そんな風にまるで赤子をあやす様な声色で腕を優しく引けば、煉獄は腹を抱えてくつくつと笑い出した。やはりいつもと違うへろっとした笑い方になまえも釣られて笑みが漏れた。同時に片腕が煉獄の腹の上に戻って行ってしまったのでああもう、と再度彼の両腕を掴み直す。そしてさっきよりも幾分か強い力で腕を引けば煉獄の上半身はやっと起き上がったが、未だに馬鹿みたいに笑っているのでなまえは、やはり酔うと笑いのツボが浅くなるんだ。と内心肯いていた。
「わ、」

途端に、次はなまえの腕がぐいっと引っ張られる。まさか自身が引っ張られる側になるとは予想していなかったなまえは、煉獄に跨る様にして倒れ込んだ。当然煉獄の顔が近くなり、一瞬怯んだが彼女もまた酔っているので、特に赤面したりする様子も無く、煉獄の肩に両手を掛けた。

「なんですか」

問いに煉獄は、まだ表情に笑みを含んだままなまえの頬を穏やかに親指でなぞった。

「頬が、微かに痛むんだが」
「さっき転んだじゃないですか」
「痛い」

煉獄は子供ごっこの続きに興じているらしい。ゆったりと、僅かにふざけている声色からなまえはそう察したので仕方のない人だなあと眉を下げた。彼の頬に手を当てる。煉獄の真っ直ぐ期待したような視線と絡み合う。体がほんのり熱かった。

「痛いのとんでいけ」

言い終わったところで照れ隠しに笑おうと思っていたのに、煉獄は語尾が言い終わる前になまえの腰に手を滑り込ませて、決して乱暴にならないようにして押し倒した。必然と煉獄の背後に天井が見え、なまえはやっと、雲行きが怪しい方向に傾いている事を察する。なまえは煉獄と、そういった深い関係では無い。

次こそ本当に、酔いが醒めた。ただ普通に泥酔した煉獄を屋敷まで送り届けるつもりだったのだが。煉獄に跨っていた自分を客観視できるくらいには酔いが醒め始め、というか何故子供ごっこ遊びに興じていた結果こうなるんだと、なまえは切っ掛けを作った自身を棚に上げて煉獄の癖を一瞬疑った。そんな風に気が動転して余計な事を思案していた所で、頭上から緩い笑い声が降ってきた。まだ笑っているようだ。とんだ笑い上戸だ。

この如何わしい事態をどうにかせねばと、なまえは煉獄の片足に自身の足を掛け、肩の衣服に掴みかかり、ぐるんと煉獄を回した。多少乱暴だったかもしれない。次は煉獄がなまえの下敷きになり、彼は軽く驚いたように瞬きを一度した。なまえは簡単に体制の逆転を許してくれた煉獄に少なからず安堵し、落ち着きを取り戻す。優しい目つきで自身を見上げる煉獄に、ただふざけていた延長線で押し倒したんだろうと推測した。まあ、それにしたって簡単に女性を押し倒したりするものではないが。

なまえは煉獄の体の上から退けようと、胸元に手を当て起き上がろうと試みる。鍛え抜かれた、衣服の上からでも分かる煉獄の胸板の男振りにちょっぴりどきっとした。だがなまえの試みは煉獄の、伸びてきた腕に背中と後頭部を抱かれ失敗に終わる。そのままぎゅうっと抱きしめられ、声も出ないなまえはされるがままになり耳元で、煉獄の息遣いと、声を聞いた。

「可愛らしいなぁなまえは」
「あの、煉獄さん」

すり。煉獄はなまえを強めに抱いたまま、優しく頬擦りをした。なんだ、先程頬の擦り傷が痛むと言っていなかっただろうか。否、自分が痛みを飛ばした後か。

何故か煉獄のその甘える猫のような仕草になまえは不思議と受け身になれて、彼の首元で煉獄自身の肌の匂いと、衣服から香る微かなお線香の匂いを肺いっぱいに吸い込んでいた。そして暫くくっついていた頬が離れていったかと思うと、自身の頬の同じ場所に一瞬、先程とは違う柔らかい感触が触れた。多分、それは煉獄の唇だとなまえは肺に香りを溜め、彼の柔らかな髪にぐっと顔を埋めて思った。たばこ臭い飲み屋に居たくせに、彼の髪はお日様みたいな香りがするのでますます訳が分からなかった。

「なにするんですか、全く」
「俺は、君がいとおしくて仕方がないな、全く」

煉獄は、さらに密着するよう僅かに体制を変えて抱きしめ直す。語尾はなまえの真似をしているのだろうか。いとおしい。と彼の言葉を内心唱え直し、喉から器官にかけてが擽ったくなったなまえは耐えるようにして煉獄の首元に頬をこすりつけた。温かい。瞼が重くなる。

勿論、直に千寿郎が水を持ってやってくるだろうという事を忘れた訳じゃなかったが、なまえは一度目を閉じてもう少しだけ煉獄に付き合おうと身体の力を抜いて体重を全て彼に預けた。煉獄が今どんな顔をしているのかこの体制からでは目視出来ないが、きっと自分と同じような顔だろう、となまえは想像する。

猫の戯れ喉鳴らし


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