は、と吐き出した息は凍てつくような空気を白く濁らせた。空から舞い落ちるようにゆっくりと落ちてくる雪は、着実に地面を白く染めていく。
目の前の少年によって弾き飛ばされた木刀を、寒さのあまり真っ赤になっている指先で拾い上げた。先程、強く打ち込まれた攻撃の所為で私の手の平はジンジンと痺れ熱を持ちはじめている。熱くて痛い。

大丈夫か、と私の顔を覗き込んでくる深い藍色の瞳を無言で見つめ返せば、錆兎は困ったように眉を下げて笑った。

狭霧山の冬は恐ろしい程に冷え込む。標高が高く酸素が薄いここは山を下りた町よりも随分と寒さが厳しかった。その所為でここ3日程熱を出して寝込んでいる義勇は鍛錬に参加出来ず布団の中で魘されている。きっとこの厳しい修行の疲れも出たのだろう。身内が鬼によって殺され、身も心もボロボロだった義勇。
義勇は、大丈夫だろうか。心配になり思わずそう言葉を溢せば、前を歩いていた錆兎が振り返った。

義勇なら大丈夫だ。鱗滝さんも付きっきりで看病している。義勇と1番仲の良い錆兎が言うのだからきっと大丈夫なのだろう。そっか、と返事をし先を歩く彼の背中を追いかけた。

錆兎の隣を歩きながら、かじかむ指先を摩り自分の息を吹きかけて温める。もう既に感覚はなくて足先も指先も冷たさのあまりポロリと取れてしまうそうだった。

「寒いのか」
「とっても。寒さのあまり指先が取れちゃいそうだよ」

冗談半分で笑いながら言えば、自分よりも一回り大きな手が私の手を握った。何度も何度も鍛錬し豆が潰れて固くなった手の平が優しく私の手を包み込む。驚きで思わず名前を呼んだ。

「さび、と、?」
「嫌だったか」

寒さで鼻先を赤くをした錆兎が少し熱の篭った瞳で私を見つめていた。顔に血が上り真っ赤になる。きっと顔どころか耳も首も赤くなっているに違いない。上手く口が動いてくれなくて必死に首を横に振れば、錆兎は嬉しそうに笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、空も地面も木々も全てが白い世界の中、錆兎の顔が鮮烈に記憶に焼き付く。
寒くてあんなに冷えていた筈なのに、繋がれ、お互いに触れている手の平はびっくりするくらい熱かった。





先に任務に赴いていた義勇と合流する為に、深く降り積もった雪山を速足に駆けていた。滅を背負う隊服は、空から降り注ぐ雪にしっとりと濡れている。自分の口から吐き出す息は真っ白で、吸い込む空気は肺が凍ってしまいそうな程冷たかった。

変わりゆく景色の中、ふと、足をとめる。
ゆらりと空を仰げば分厚い灰色の雲が覆い被さり、はらはらと雪を落としていた。
ああ。寒い。
狭霧山の冬もこんな風だったと思い出す。そして美しい獅子色の髪をした少年と共に過ごしたあの日々が今でも鮮やかに蘇る。目を閉じれば、すぐにでも思い浮かぶ。あの笑顔を。
寒い、と言った私の手を握り、嬉しそうに笑った錆兎の顔を。
過ごした時間はほんの少しにしか満たないものだったけれど錆兎と過ごした日々は、私の中で鮮明に残っている。決して戻る事が出来ない、大切でかけがえのない、泣きたくなるような幸せで温かな日々を。

「ねえ錆兎、寒いよ」

私の手を握って温めてくれる人は、もう隣には居ない。
真っ白な銀世界。
全ての生き物が呼吸を潜め、静まりかえった静寂な空間。
ああ。寒い。
これから一体何度、貴方のいないこの白い世界が住まう季節を巡るのだろう。