「うーん、薄いんだ君の淹れる、茶!」

もう数えきれない位には、その、若草色の様な、まあ水で薄く薄く、伸ばしたような黄緑の茶を飲んではいるが。彼女の淹れる茶。黄色と緑の絵の具を、筆先でちょんっと、ゴマ粒ほど取り、バケツ一杯の水でがしゃがしゃっと溶かしました!はい、これお茶です!という投げやりな感じの。

「それに、かなり、温いぞ。」

おまけに湯飲みから零れ落ちそうな程、たっぷりと入れてくるものだから初めの一口は緊張する。こうしてよくよく思ってみればなまえの淹れる茶はとんでもなかった。反対に、とても心地の良い厚めの座布団の上で座り直し思う。この間刀鍛冶が訪問してきたと聞いたが、なまえはこの酷い出来の茶を、出したのだろうか。

「今更ですか。」
「いつまでも改善の余地が見えんのでな。」

机を挟んで正面に座りながら柏餅の葉をめくる彼女に言えば、くすっと笑いが返ってきた。

「心配しなくても、煉獄さんにしか、出していません。」
「何を。」
「薄くてぬるくて零れそうなもの。」
「………。」

…持て成されていないと、そう受け取っていいのか?煉獄は脳内で思案し、少しだけ焦る。なまえとこうして二人で話をする時間を作る為に、任務帰りにたまたま美味しい和菓子屋を見つけたからとか、そんな風に会える口実を作っては土産を持って彼女の屋敷に押しかけてきているのは、常に煉獄自身の方なので「貴方にしか不味い茶、出していませんよ」としか聞こえないなまえの恐ろしい一言に湯飲みを持ったまま、思わず固まった。こうして自身のあまり男らしいとは言えない誘いに毎回付き合ってくれているだけで有難いと思っておくべきだったのかもしれない。早速、彼女の淹れるお茶を貶した事を後悔し始めた。

「すきなんですよ。」

はっとなまえの一言に、我に返り焦点を彼女に合わせる。心臓がどきりと跳ねて、思わず膝の上で丸く握っていた片方の手の平をますます強く握り込んだ。でも表面上、冷静を装う。言葉が出てこないので様子を伺っていれば、彼女は柏餅を美味しそうにもむもむ、頬張っていた。緊張感が無いし、そもそも柏餅を頬張りながらの告白なんて馬鹿げたものは無いと思うので今の「すき」は茶の事、もしくは柏餅に向けられた言葉である。一人で心拍数を上げているのが恥ずかしい。思っていると、なまえがゆっくりと口を開いた。

「煉獄さんの、湯飲みから今にも零れそうなお茶を、飲む瞬間の、動作。」
「……なに?」
「大きな両手で包み込むように湯飲みを持って、零さないように顔から湯飲みに、おそるおそる向かっていく感じで。」
「……。」
「普段きびきびと動く貴方の、そういう所。すきです。」

ふふっと子供の様に跳ねた笑いを付け言うなまえに対して、柏餅頬張りながら言う事なのかそれ、なんて突っ込みを内心に留めつつまさか彼女からの「すき」が自身に宛てられるとは思いもしなかったので、いよいよ顔に熱が集まる準備が始まる。それでも露骨に態度に表すのは避けたく、なまえの言葉を上手くかわすようにして、持ち合わせているだけの平常心で笑って見せる。

「それでは薄いのとぬるい事、関係無いじゃないか。」

言いながらこのタイミングで自身の胸中を告白できない不甲斐無さに嫌気がさしながらも、いいや、(かなり努力をして築き上げてきた)なまえとの関係を崩したくないのだ、と無理矢理肯定してみる。彼女の事になると、どうも奥手になってしまう。でも、だからこそ得たこの関係。

「いいえ、ですから、湯を沢山つぎ足すので薄く…それでまあ、万が一零してしまったら大変なのでぬるめに。」
「なるほど。」
「ええ、私火傷したくありませんから。」
「……。」

ぬるい事については、なまえの自己防衛処置であって煉獄は関係ないらしい。なまえは柏餅の最後の一口を、大きめに頬張ると、咀嚼しながら葉を丁寧に畳んだ。上下する頬が、愛らしい。彼女は畳んだ葉を机に置くと、留められていないそれは、また元の状態の、大きく開いた葉に戻ろうと伸び、くねる。それをぼんやりと眺めていた視界の端にそろそろと伸びてきた彼女の腕で、ようやく我に返り、自身の柏餅が乗った皿を手の平で守った。

なまえが、自身の柏餅を猫のように丸めた手で奪おうとしているのだ。

「これは俺の、っ。」

言いかければ、自身の、皿を覆っていた手の甲に人肌が触れた。否、握られた。なまえの、そろりと近付いてきた白魚のような手に。驚いて言葉が突っかかる。思わず、胡坐が崩れた。そんな自身の挙動になまえは口元に弧を描き、防御壁が無くなった、皿の上の柏餅を、するりと攫って行ってしまった。