水色のハンカチ。隅に小さく、飛び上がり両手を大きく広げている犬の刺繍が施されている。なまえのハンカチだ。それはもう、子供でも持たないようなダサいハンカチ。なまえの隊服のポケットから出てくるそれを、良く思い出す。何故か。…何故だろうか。普段鬼殺隊士の男共に『綺麗な女性』だとちやほやされているなまえが、知能の低そうなそれを持っている事のギャップが、不死川自身にとって強烈に印象に残ってしまったのかもしれない。それはそれで自身が恐ろしく感じるが。不死川は、彼女との任務のたびにそのハンカチを目撃することが、内心で決まりごとの様になってしまっている事も、嫌だった。こちらの期待を裏切らない!という風に、なまえはあのハンカチしか持ってこないのだ。水色の、それ。最初こそ不死川は誰かの形見なのだろうと勝手に納得するに納まっていたが、ポケットの中に畳まずにぐちゃっとしまい込んだり、血を拭う際に使っているのを見ていると、どうやらそういった類の大切な物ではなさそうなのだ。なのに毎回、綺麗に洗濯して染み一つなくなったそれを持ってくる。

「あああ、不死川さん!またそんなに、血を出してー!」

それで今回もまた、なまえとの任務。下弦の鬼だった。どちらかは死ぬかもしれない、という弱音が脳裏によぎったから、不死川は、水色のハンカチの事なんかを、思い出していたのかもしれなかった。ぎゃあぎゃあと煩い声色で言いつつ、此方に走ってくるなまえもまた頭から出血しているようで額から鮮血が滴っているので、なんだか笑えた。自分の心配をしろ。

「馬鹿。」

笑う、と言っても内心で密かにだ。怪我をしているのにも関わらず、騒ぐなまえを咎めるようにして睨みつければ、一瞬たじろいだなまえは、びくりと体を揺らして立ち止まる。それから数秒置いて、真似する様に不死川に、怖さなど全く感じられない睨みを返してきた。

「どうして睨むんですか。」
「大人しくしてろ。死にてえのかィ。」
「私はちょっと頭打っただけなので大丈夫です。」

血の滴り具合から見てちょっとでは無いし、腕も足も腹も、隊服が裂けてそこから痛々しい切り傷が見えた。自身の怪我の具合など全く気に留める様子もないなまえに対し、流石頭を打っているだけはある。と不死川は内心貶した。気がゆるゆる抜けて行ってしまうのは、紛れもなくなまえのせいだろう。「ちょっと待ってください」となまえが隊服のポケットを探りだす。うわでた。

「拭いますよっ。ああ、また傷になるのでは…。」
「チッ。」
「舌打ちしない!」

やはり水色の、そのハンカチを取り出したなまえは、遠慮無しに不死川の頬にそれを押し付けた。思わず舌打ちを漏らせば間髪入れずに咎められる。そのまま頬に感じる布の感触が力強めに押し付けられて頬の血が、拭われてゆく。ちょうど刺繍部分が当たって、地味に痛かった。離れていくハンカチが、視界に入る。犬の刺繍の周りに自身の真っ赤な血がこれでもかという程に染み込んで、なんだか犬が笑いながら青空を飛び血をまき散らしている風な、馬鹿っぽい、まぬけな感じになっている。それがまた、不死川にとっては阿保で幼稚ななまえらしいと思えてしまう。彼女を『綺麗な女性』と言い出したのは、誰なのか。確かになまえの風貌は整っているのかもしれない。だけれど不死川の目に映ってゆく彼女は、綺麗なんて言葉が似合うような品のある女では無いし、そこら辺の小さな子供の様に笑うし、騒ぐし、たまあに、泣くし。確実に、不死川にとってなまえは『綺麗な女性』枠ではない。

目の前で泣き出しそうな顔をして傷の程度を診てくるなまえが、なんだかおもしろくなってしまって、不死川は眉間に力を入れて表情を崩さないよう努める。そうしていたらなまえは、何を勘違いしたのか、手に持つ水色の、笑う血祭り犬のハンカチを横目で一瞥し、不死川に見せつける様にして言う。

「毎日洗濯しているので、汚くないですよ。」
「そういう事じゃねェ。」

耐えきれず不死川は、表情に笑みが漏れてしまう。しまった、思いつつ口元を手で隠しながら目前のなまえを見やれば、彼女は困ったように眉を下げているのに、安心したふうな顔で笑っていた。ただし、犬同様血まみれである。