「ねえ知ってる?伊之助。君が今食べているメンマがどうやって作られているか。」
「知らねえし興味ねぇ。俺は腹いっぱい食えれば良いんだよ。」
「ああお腹いっぱい食べたいの。なら聞いておきなよ。実はメンマって、さっき伊之助がバキバキにへし折って炭治郎に投げつけた“割り箸”を柔らかくなるまで煮たものなんだよ。」
「……あ?」
「だからむやみやたらに折るのは止めておきな。折れた割り箸じゃメンマは作れないの。伊之助が馬鹿みたいに食事中に箸を折るせいで、じきにメンマは絶滅するだろうね。絶滅危惧だよ。もうお腹いっぱい、食べられないね。メンマ。」


善逸は、ちょっと離れた場所で昼食をとっているなまえと伊之助の会話が耳に入り、その内容に仰天した。思わず含んでいた茶を吹き出すと隣に居た炭治郎から痛い程白い視線と、「やめろそういうの」という言葉を貰ったが咳込みながらも(いやいや、吹き出さずにはいられない内容だった)と内心で反論する。

なまえは鬼殺隊階級乙、柱の控えでもある為剣術は見事なもので、面倒見の良い彼女の性格あってよく自分らの稽古を付けてくれている。そんな中、なまえの影響で大きく変わっていったのは信じがたし、伊之助だった。善逸が二人の関係を気になり始めたきっかけがある。それは稽古の休憩の合間よく起こった。なまえが子守唄を口遊むと決まって伊之助は彼女に寄って行って隣に座り、静かに子守唄に耳を傾けるのだ。(あの煩い伊之助が。表情は猪頭を被っているから良く分からない。)そんな時の伊之助は子守唄が終わるまで一切口を開かないし、なまえも隣の猪男のそんな様子を気にも留めない風でいる。始めその異様な光景を目の当たりにした時、善逸は(美人ななまえの綺麗な唄声を隣に座って聞けるなんて贅沢すぎる)と嫉妬したと共に(結局アイツだって可愛い女の子には、ああなんだな)と伊之助から己に向かって放たれた罵詈雑言や暴挙の数々を思い出し非常に苛々したのを覚えている。だが、違った。伊之助が女性に対して優しいのはなんと、なまえにだけだったのである。彼はなまえ以外のどんな美人な女性にも気に食わない事が在れば殺すぞなどの幼稚な暴言で返したし、また他の女性が楽し気に歌えば煩いと耳を塞いで地面に唾を吐いた。そうすれば自ずとなまえがどうやってあの野生の猿の様に(いや、猪?)滅茶苦茶な伊之助を手懐けたのか、善逸は興味が湧いてしまい、二人が揃って話をしていれば時たま会話を盗み聞きする癖がついてしまっていた。ということで、善逸は最近なまえと伊之助の会話を盗聴する。なので先程お茶を吹き出した際の炭治郎の言葉は、二人の邪魔をやめろという意味のお咎めだった。

「…本当に、これから、出来てんのかぁ?」
「勿論。逆に知らなかったんだ?」
「…………考えた事無かっただけで、まあ良く考えてみりゃあ、俺様にも分かるわ。」
「ふうん、」

ぎゃはは!たっぷり間を開けて言った伊之助に善逸は内心噴飯。また炭治郎に頭を小突かれたが気にしない。まあそれどころではない。なまえは揶揄いで作り上げた嘘に知ったかぶりを決め込んだ伊之助に対し、クスリともせずに真顔で相槌を打ってやり過ごしている。強者だ。流石柱の控え、と善逸は関係無いなまえの階級を添えながら、どうにか笑いを堪えようと必死だった。本当ならば大声で笑いを爆発させたいところだが、そうなるといよいよ炭治郎にどつかれそうなので出来ない。痛いのは、苦手なのだ。

だけれどもう好奇心によって制御がきかない善逸は、振り返り少し遠くで腰かけている、漫才師の様な会話を繰り広げている二人に視線をやった。なんとまあ、またなまえと仲睦まじく腰掛け、柔らかく煮詰まれた茶色のそれ、メンマを箸で摘まみ上げた伊之助。やはり遠目からでもきらきらしいなまえとぴったりくっ付く様にして座っているのを目視すると再びごうっと溢れんばかりの嫉妬心が蘇ってきたが、間髪入れずに伊之助が次のアクションを起こしたので善逸はその行方に夢中になった。ああ、笑いを堪えすぎてこめかみが痛い。

「ホラよ、絶滅する前に食っとけ。俺はもう、箸は折らねえけどな。」
「おお、ありがとう。」

伊之助は持ち上げていたメンマをなまえの口元へそろそろと持っていき、彼女の唇に押し当てた。えー…。善逸は、内心、えー、である。あの猪頭の下は、本当に伊之助か?彼は人の飯を奪うどころか、与えた。プレゼントした。母親が小さな子供に与えるかの様に、恋人がイチャイチャしながらやる“あーん”の様に。それになまえは、やっと表情を優しく崩して答え、伊之助の好意をぱくりと食べてしまうのだった。善逸は、ムカついた。其処に見えた光景は親と子供の関係では無く、恋人のそれ、そのものだったのだ!

「はは、伊之助は本当に、なまえさんが好きだなあ。」

気が付けばあんなに二人の間をそっとしておいてやれと言う風に善逸を咎めていた筈の炭治郎も振り返ってなまえと伊之助を見ていて、善逸が横目で炭治郎の顔色を窺えば、彼こそ子を温かく見守る母親の様な、暖かな視線を二人に送っているだけだった。

「あぁあ苛々する!!」

どうして俺以外、心音がこんなにも穏やかなのかと苛々した善逸は、持っていた箸に力を籠め叫ぶ。ばきり、と割り箸の折れる乾いた音がした。