からっと晴れていて、青々とした空には、雲一つなかった。団子の包みを手に提げて、煉獄は、ううん、と気持ちの良い天気に背伸びをする。団子は、千寿郎への手土産だ。
歩きながら、なまえの顔が浮かんだ。最近良く彼女の顔を思い出す。そういう時、大体彼女は笑っていたり楽しそうだったりする。ふにゃっと垂れ下がる目尻とか、口角が上がって膨らむ頬が可愛らしいのだ。勿論そんな素直な感想を伝えたことは無いが、たまに自然と口から零れてしまいそうになる。清々しいくらいの好晴の今日、なまえは何をしているのだろうか。街へ散歩にでも出ているか。庭の花に水を撒いていたり、はたまた、任務明けで疲れて眠ってしまっているのかもしれない。

なんだか、会いたくなってきた。

そういう結論に至ってしまえば、見えてくる小さな神社の浜縁で、膝にまるまると太った猫をのせて腰掛けている女性が、なまえに見えてくる程だ。髪型や背丈がそっくりだ。隊服を着ているなまえの姿しか見た事は無いが、あの神社に掛ける女性が身に着けている様な綺麗な着物を、彼女が纏ったら、目を見張るほどに美しいのだろうな、と思う。一目で良いから、顔を見たい。だがそんな風に思って気楽に会えてしまう関係ではないのだった。千寿郎と団子を食べたら、何か理由を付けて会いに行ってしまおうか、なんて本気で考え始めてしまうのだから自身が恐ろしくなってくる。稽古の相手を、なんて言えばいくらでも口実は付けられるのだ。優しい彼女の事だから、此方の上辺だけの口実を一切疑う事無く受け入れて、にこにこと笑って付き合ってくれるだろう。

歩みを進めて、神社を通り過ぎる前に、女性の膝上で丸くなっている猫が、細い声でにゃあ、と鳴くから、思わず横目で一瞥した。はた、と足を止める。

なんと。遠目からなまえに似ているとは思っていたが、なまえ本人だった。

「あれ、煉獄さんじゃないですか」

足を止めたこちらに気が付き、顔を上げ猫を撫でつけていた手を止めるなまえ。膝上の猫は手を止めた事に不満なようで、彼女の宙に浮いた手の甲に顔をぐいっと押し付けて催促した。

どき、と心臓が大きく脈打つ。綺麗だった。薄く化粧を施しているのは何時もと変わらないのに、引かれた紅の色が真っ赤で、ぷっくりと弾けそうな唇を主張している。普段見慣れた隊服姿を忘れてしまいそうな程に、その藍色の、落ち着いた着物姿はしっくりと馴染んで良く似合っているのだった。なまえは散歩でも水撒きでも昼寝でも無く、神社にて野良猫と戯れていたのである。

「なまえ。こんな所で、何をしているんだ」

言いながら鳥居をくぐる。本当に小さな神社なだけあって、参道なんてあるのかないのか、分からないくらいだ。数歩進めばなまえの正面へと立てた。思わず手土産の紐を持つ手に、くっと力が入りこむ。あんなにも顔を見たいと思っていたくせに、いざなまえを前にするとなんだか落ち着かなくて体に力が入ってしまう。

「此処に座っていると猫ちゃんが乗ってきてくれるんです。ほら、可愛いでしょう」

極力悟られぬよう努めようとはするものの、こちらに笑いかけながら再び猫の頭に手を乗せる彼女の優美な姿に思わず見惚れる。美しすぎやしないか。
じいっと典麗な顔の造りに見入っていれば、なまえは僅かに顔を傾けて目を丸くする。

「どうかしましたか」

瞳の中に光が入り込んで、ちらちらと揺れている。こんな、二人きりでの珍しい空間だからだろうか。言おう、と決心するのと口から出るのは、ほぼ同時だった。

「そうして着物に身を包んでいると君は…一段と綺麗だな」
「ええ?煉獄さんに言われると嬉しくなってしまいますね。ありがとうございます」
「……」

勇気を出して彼女に綺麗だと言ってみたものの、返答は案外、素っ気無かった。こちらは心臓がばくばくと煩く焦っているのに、目前の彼女は、あっけらかんとした風で猫を撫でつけている手を止めもせずに目尻を下げている。

まあ、そんなものなのか、と自身を落ち着けた。なまえの事だ。行く先々で日頃から容姿を褒められる言葉を沢山浴びているではないか。耐性が付いて当然なのだ、と内心で言い訳する。

では、どうしたら彼女の興味を引けるか。

煉獄は猫の顎元を擽るなまえの指先の動きに視線を固定されながら、思案した。浮かぶ言葉はどれもやはり彼女が普段から浴びせられている様な言を並べたようなもので、続けるように口を開く事はしなかった。途端に、片手の重みを思い出した。煉獄は、団子包みを持っているのである。思い出したようにそれを持ち上げて、なまえの前に差し出す。なまえはやっと猫から視線を外して、此方を見上げる様にして顔を上げた。

「町で団子を買ってきたんだ。良かったら一緒にどうだろうか」

言えば彼女はううん、と困ったような表情。

「それ、千寿郎君へのお土産ですよね。私が頂いて良いものではありません」
「…どうしてそう思う」
「どうって?煉獄さんがお土産の類を持っている時は決まって千寿郎君へなのだと思ってましたけど」

なまえは眉を下げながら笑う。……何故知っているのか。

だが、此処でひるむわけにはいかなかった。折角会えたのだ。この偶然を無駄にしたくない、と煉獄は掲げた包みを下げずに言う。

「家へと思って買ったのだが、それはまた別日に買い直す。一緒に…」
「いいえ、結構です。千寿郎君と召し上がって下さい」
「………あぁ。」

失敗である。煉獄は内心しぶしぶ、といった風に包みを下げた。ばっさりと断られてしまった。暫く両者に沈黙が流れるが、なまえは何食わぬ顔で、ごろごろと喉を鳴らしだす猫に向かって「気持ちいいの?」などと話しかけている。煉獄は、無意識に猫を睨んだ。邪魔である。彼女の膝上でだらりと体を伸ばすその猫が。貴様はなまえの何なんだと、問いたい。じと、と嫌味な視線を送ってみれば、猫は煉獄の胸中を知ってか知らずが、幸せいっぱいのあくびを一つ。肉球が、広がって、伸びる。伸びる。くわっと大口を開けた猫のざらついた舌が、丸見えになった。なまえの歓喜の声が上がる。

「れ、煉獄さん見ましたか今の…くぅー可愛い!このこの」

こしょこしょ、と猫の腹を擽りだすなまえを見つつ、煉獄は気付かれないほど小さな溜息を洩らした。完敗である。勝者はなまえの膝の上で転がる、ねこ、なのだ。彼女が遊び疲れた頃を見計らって、もう、すぐ近くにある煉獄家に誘ってみようと、煉獄は諦めきれないなまえを思って、幸せな横顔が見える隣に腰掛けた。


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