地を蹴る。耐えきれなくて笑みと一緒に小さく声が漏れた。煉獄が隣にいる事を、横目で確認。心臓がどきどき煩い。因みにこのどきどきというのは、煉獄に対しての気持ちの高まり故では無い。煉獄の事は、とっても好きだが。大好きだが。

私らは今、追われているのだ!警官に!

勿論言うまでもなく、鬼殺隊と町の警官では、身体能力は比べ物にならない。案の定後ろを振り返ってみれば、あの血相を変えてぜいぜい息を切らせて走っていた、腹回りに脂肪を付け過ぎた警官の姿は無い。なのに、まだ走る速度を落とさないのは、吐息に混ざる笑い声で分かる通り。二人は、ふざけている。走り、口元の笑みを犬歯で軽く噛みながら抑えつつ、次は首を軽くひねり煉獄を見やれば、そのなまえの様子に煉獄もはは、と破顔した。全く、もう気が動転し高まっているせいで、二人して何が面白いのか分からない。とにかく笑えた。警官に追われている原因である、日輪刀をぎゅっと握りしめ、角を曲がれば、やっとそこに煉獄の立派な屋敷が見え、嬉しくなってまた笑う。敷居を跨ぎ、槇寿郎さんに見つかったなら怒鳴られそうな程大きな音を立て、玄関の戸を力任せに開ける。しょうがないのだ。今私らは、追われているのだから。草履を適当に脱ぎ散らかす。隣で煉獄が脱いだ草履を早急に揃えているから、そんな場合じゃないと煉獄を軽く小突く。煉獄は笑っている。私は大笑いだ。玄関には誰の草履も下駄も無いものだから、千寿郎君と槇寿郎さんは居ないようだった。

「刀!!」

煉獄に手を出しつつ、言う。その間にも私たちは大きくはしたない音を立てて廊下を走っている。煉獄は、言われて焦ったように自身の日輪刀を預けてくれるが、その動作の速さに本気でふざけている様子が伺えて、可笑しくて足がもつれそうになった。自身の刀と煉獄の、二振り抱えて、これまた煉獄家にある自身の部屋へと飛び込んだ。押入れをぴしゃっと開け、積み重なっている蒲団の間に、その二振りをぎゅうっと腕ごと押し込む。はあはあと、二人のわざとらしい息遣いだけが、部屋に響いた。

「ここに隠したら、大丈夫でしょう」

ここ。とは、蒲団の間の事である。ここまで隠せばあの肥えた警官は見つけられまい。という具合だ。背後で煉獄のくつくつ笑う声が聞こえて、自身も小さく噴き出す。その笑い声は、段々と耳元に近くなって、直ぐにぎゅうっと背後から抱きしめられてしまった。部屋は、千寿郎君が換気にと開けてくれたのか、窓は全開にされていて、通る風が肌の、上がり過ぎた熱を攫って行ってくれる。

「全く君は、少し目を離せばこうだな」
「ちょっと待ってよ、あれは、本当、運が悪かったの。まさか躓いて、落とした布袋から帯刀が、これまたするりと出てくるなんて思わないでしょ」
「っはは、」

そうなのだ、あれは本当に運の悪さが招いた出来事だった。躓いて帯刀が袋から見えてしまった瞬間が、偶然通りすがった警官の目に留まってしまった。あんなにもひやりと背筋が凍った思いをしたのは、久しぶりだ。

「どきどきしたよね」

まだ治まりきっていない心拍は、背後からくっついている煉獄にも伝わっているだろう。現に彼も、呼吸を整え直すようにして、ふう、と息を一つ。耳元でやられると擽ったい。思わず蒲団に入ったままの手を勢い任せに抜けば、積んであった蒲団が、崩れどさっと頭から降ってきた。煉獄が庇ってくれたので被害はなく、畳に乱雑に散らかる。疲れていることもあり、流れで、そのまま煉獄の腕の中から逃げて蒲団にごろっと、だらしなく横になった。窓が開け放たれているせいで、風と陽が、なんとも気持ちの良い配分で入ってきて、猫のように仰向けで、のびーっと、寝転がったまま背伸びをした。先程の夜明け前の任務で打った腰は伸びたせいで若干痛みが走ったけど、今の心地の良い空間に比べるとどうでもいい事だった。

煉獄を見上げる。やはり、煉獄の髪は、お天道様に照らされている時の方が、何倍もきらきらしくて、好きだ。それに明るい方が、自身の好きな、煉獄の、大きな目とか、整った高い鼻とか、柔らかく笑った時にきゅっと閉じられる口元とか、良く見える。光をたっぷり受け取ってゆらゆらとためている煉獄の瞳を、じいっと見つめる。見つめ返される。

「煉獄も、来なよ」

ぽん、と隣を叩けば煉獄は、羽織を適当に脱ぎ捨て、ゆっくりと自身に覆いかぶさってきた。次は見上げる形になり、彼の眼の中に自身の顔が映っているのを確認できるほど、近い。

「隣、来なってば」

頬をするりと撫でられて恥ずかしくなったので、再びぽん、と隣を雑に叩く。すると煉獄は目を細めて微かに口元に弧を描いた。その笑い方は、先程の、警官に追われふざけていつまでも走った際の笑いを想起させる風で、また思い出して自分も小さく、笑みを漏らした。

「なあなまえ」
「ん」
「隊服は、着替えた方が良い。見つかるやもしれん」

言って煉獄は、私の首元のボタンを、ぷちりと片手で外しにかかる。気が付けば三つ、ボタンは外されてしまっていて、そこからするりと大きな手が入り込んできた。真昼だが、先程騒いだせいの気の高まりで、二人とも可笑しくなってしまっているのだ。

「うーん、確かに…」
「な」
「あいつ、足は遅かったけど、しぶとそうなやつでは、あった」
「ああ、困ったなあなまえ。よもやもう屋敷の前まで来ているかも知れんぞ」
「ええ。それは困った。急いで、杏寿郎」

服の中に腕が入り込んでくるというのはそういう事で、私が早く、と煉獄の首に腕を回すのはそういう事で、煉獄の事を「杏寿郎」と甘え含んだ声色で呼ぶのは、そういう事なのである。身体をするすると、わざと焦らすようにしてなぞられ、ふ、と吐息が漏れる。煉獄の金色の髪が垂れてきて、頬に当たっている。真直ぐに煉獄に見つめられて、それだけでくらくらしているのに。彼と、任務をこなして警官に追いかけられて笑って、こうして触れ合って、幸いに家族も留守ときて。なぜこんなに、幸せなのだろう。どうか煉獄と、こんな毎日が続けられると良い、なんて、最近良く思うのだが、言えば俺も、なんて真剣に返されそうだから、恥ずかしいから、だから言わない。代わりに煉獄の顔を引き寄せて、口の端に軽く、自身の唇を押し付ける。そのまま鼻から空気を吸い込めば煉獄の匂いが肺いっぱいに溜まって、吐くのがもったいなくて、目をつむる。お腹を撫でられる。擽ったくなり唇を離せば、すかさず首元に煉獄の顔が埋まってきて甘噛みされ、窓が開いている事も忘れて、思わずあ、と声が漏れてしまった。窓の外でばしゃっと、水の零れる音がする。ん?水?

「…………………兄上、あの、すみません、窓、閉めてもらって良いですか」
「え」

がばりと二人で起き上がり、聞きなれた声に窓から外を見やれば、庭で草木に水を撒いていたと思われる、柄杓を持ったまま真っ赤な顔をしてうつ向いている千寿郎君の姿があった。なんてことだ。ばっと開いた胸元の衣服を寄せる。千寿郎君の足元にはひっくり返ったバケツがあり、どうやら聞こえた声に焦って足をかけたらしい。玄関に下駄が無かったのは、庭にいたからだったのだ。顔に熱が集まるのを感じつつ、千寿郎君に謝ろうにも声が突っかかってしまい出てこない。煉獄に対して、窓を閉める様にいうのは、千寿郎君なりの気遣いだろう。いつから聞かれていたんだろうと、端から聞いたら馬鹿な会話を思い出すと、もう煉獄家を飛び出したい思いである。そんな中、横に居る煉獄に視線をそろりと移す。弟にこんな現場を目撃されてしまうなど…ああ、もう、言わずもがな。煉獄の表情を窺えば、彼は意外にもいつもの表情を平然と保ち、窓に手をかけた。

「ああ、悪かったな千寿郎。次からは、必ず窓は忘れず閉める」

ぴしゃり。
え?続けるつもりか?と驚きつつ窓の外に一人残された千寿郎君を見やれば、彼はうう、と項垂れて益々頬を染めていた。とりあえず煉獄を部屋から追い出そうとボタンを留め直せば、むう、と不機嫌な声が聞こえるが気にしない。今日の夕餉には、大層気まずい思いをすることになりそうだ。


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