報告書に筆を走らせる煉獄の横顔を、しばらく、しばらくずっと眺める。覚えておく。その整った綺麗な横顔を、こちらの、自身の手に持つ真っ白な画用紙にうつしてゆく。濃いめの茶の色で、輪郭線をうすく、すうっと鼻の高い、その顔をうつしてゆく。おでこも。大きな瞳も。ふわふわと柔らかなその髪も。同様に。肩、少し下まで画用紙に納まる様に描いてゆけば、背景はどうしてやろうかと悩んでくる。実際に煉獄の向こうに見える本棚は、ぴしっと揃って堅苦しいから、別なものを。ああそうだ。花で良いか。花は、良く描くから得意だ。煉獄を描いた濃茶の絵の具が乗った皿に水をほんの少しだけ足して、薄くなったそれで、大きな花を。ふわふわと不規則に花弁の先を波打たせて、描いてゆく。下絵は、こんな感じで。良い。次は色を。書き物を続ける煉獄を、しばらく、眺める。彼は肌色と、黄色と、赤で大体構成されている。画用紙と煉獄を見比べる。本物の方の煉獄が、此方を向く。ああ、まだ、

「まだ終わってないから、動かないで」

動いたらずれてしまう、と焦るなまえの内心など知らずに煉獄は、両手を上げて、背伸びをした。報告書は終わってしまったようだった。いつもなら嬉しく思うその瞬間。煉獄が帰ってきたと思ったら長々と机に向かってこちらに構ってくれないせいで始めた事だったので、なまえはまだ乾いていない画用紙を畳の上に置いて、早く色付けまでやってしまおうと絵皿に出す色を選ぶ。筆を机に付いた引き出しにしまい込んだ煉獄が、畳に置かれた絵を覗き込んできたものだから、咄嗟に煉獄の顔を掴んで、横を向かせた。

「む、」
「まだ、見ないで」
「良いだろう」
「色、塗ってからね」
「けちだな」
「うるさい」

やっと仕事が一段落ついたからか。煉獄はゆるゆると幾分か覇気の無い声色で、言う。これは煉獄が甘えたいときの特徴であるので、なまえは、とても嬉しくなってくる。はやく。塗ってしまおう。そう思って再度、先程よりも不貞腐れたように頬を膨らませている煉獄の横顔に目をやれば、頬に赤の絵の具が付いてしまっていた。

「あ」

思わず自身の親指を見る。絵の具の蓋を開けた時に、ついてしまった赤が、べったりと親指に、判子代わりにつかったのかな、というふうに鮮やかに色付いていた。なまえの小さな声を聞き逃さなかった煉獄は、流石、察しが早くって、筆を仕舞った引き出しの奥から、小さな手鏡を取り出して(青磁色のそれは、なまえのものだけれど)頬を鏡越しに見られてしまう。また、ああ。と声が漏れる。まだ薄めてもいない真っ赤な原色のままのそれが、煉獄の綺麗な頬についている。なまえの、親指型に。

「やってくれたな」

手鏡から視線を上げた煉獄がちらりとこちらを見て、言った。

「けっこう、似合ってるよ」
「君はそうやって、」
「花の色は赤に決めた」

煉獄は、とっても赤が似合っている。頬のそれも、本当に似合っていた。なんだかおかしくなって、ふふ、と声を漏らして画用紙と筆を持ち直したら、次こそ煉獄が覗いてやろうと隣へやってきた。次は止めなかった。筆先を少し、水につけて。さらさらと走らせる。煉獄の横顔の頬が、ほんのり染まって、髪がお日様の様な黄色と、赤に。背景をごまかすためにと思って描いた花は、煉獄に馴染んでいて、結構良かった。そこを赤色で、染めてゆく。煉獄は、赤が似合うのだ。

「男に花とは如何なものか」
「まあまあ。そういうこともあるよ」
「そういうことも、あるのか」

煉獄は口を挟むけれど、じいっと絵に見入っていて、それが嬉しくて、でも書いている途中に真剣に見られてしまうのは緊張した。大雑把に塗った色だけれど、良く描けていた。下の方に、日付を入れておく。この日は煉獄と居たんだという、彼の横顔を見たんだという、証明になる。

「できた」
「上手いものだな」
「ふふ、でしょう」

筆をおいて、画用紙を二人の間に掲げる。真剣にものを書く、煉獄さん。画用紙から視線を外して隣を見やれば、モデルとなった、彼が居た。はやり実物には叶わないので、出来上がったそれを畳の上に放った。そのまま煉獄の膝の上に頭を乗せようとゆっくり寝転べば、なんと畳に後頭部がぶつかった。煉獄によけられてしまい、なまえはむ、と眉間に皺を寄せる。

「なんで避ける」
「ちょっと待て」
「ん」
「花は、君の方が似合う」

煉獄は再び机から真っ白な紙と、先程使っていた筆を取り出す。なんと次は、煉獄がなまえを描いてくれるらしい。わ。嬉しくなって飛び起きて、畳にきちんと正座した。

「可愛く描いてね」
「うーん」

煉獄は困ったような声色だが、顔は笑っている。なまえの顔をしばらく、しばらく見つめる。なまえも見つめ返す。大きな黄と赤の目の中に、自分が映っているのが分かるくらい、近くで見つめられている。とたんに、その目が細められて、それがこちらに微笑んでいる時の目だと分かって、なんだか恥ずかしくなってしまう。

「ねえ、なんか、そんな顔で見られたら、照れる」
「そういうことも、あるかもな」

なまえが照れて下を向いている間に、煉獄はさらさらと筆を走らせた。わずかな時間でその紙は、こちらへ送られてくる。見れば、簡略化されたなまえがほわほわとした花に囲まれていた。

「ええ、煉獄って結構上手いんだ、絵」
「今回はモデルが良いのだろう」
「…ありがと。なんか、嬉しいな。あ。筆貸して」
「ん」

煉獄から筆を借りて、紙の下に小さく、日付を入れる。隣でそれを見ていた煉獄が、なるほど、と声を漏らした。

「この日は煉獄が、私と居たんだっていう、私を見て、それで描いたんだよっていう、証明になる」

言いながら、記入し、筆を煉獄に返す。受け取った彼は、目をまあるくしている。

「なんだそれは」
「なにが」
「どうしてそんな可愛い事を言う」
「ええ」

なまえは煉獄の言葉に、またまた照れつつ、描いてもらった紙を、自身の書いた画用紙の横に並べる様にして置く。

「まあ、そういうことも、あるかもね」

並んだ絵を眺めているふりをして言えば、煉獄がこちらに手を伸ばすのが見えるけど、なまえは気が付いていないふりをする。もうすぐ、きっと、煉獄は、なまえごと押し倒して、二人で畳に寝転ぶ。そうしたらきっと、煉獄の顔が、絵の具を頬に付けた顔が直ぐ近くに見えて、それでなまえは笑って煉獄も笑ってくれるだろうと思う。腕が、肩に近付く。まだ。ぎりぎりまで、気付かないふりをする。近付く幸せに、気付かないふりを。


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