献花瓶

「ああ、その花瓶は私へ献花を捧げてくれた子が持ってきた物だよ」

煉獄が3段あるうちの、一段目の重箱の中身を空にしたくらいの時だった。ふと急に部屋の中を見回し、前から思っていたんだが、と話し出した。花瓶の事だった。何故殺風景なこの小屋に、調和しているとは言えない可愛らしい雰囲気の花瓶があるのだろうな、という事だった。しかも、床にぽつんと置いてある。この小屋同様にかなり年季が入っているその花瓶は柚季が閉じ込められてしまうずっと前からあるものだと煉獄は勝手に推測し、疑問を共有するために言った言葉だったのだが、帰ってきた彼女の言葉に煉獄は驚き、眉間にしわを寄せる。花瓶が柚季の為に置かれたものだというからだった。

「ん?話が少し読めないな。花を持ってこの小屋に訪れた人間がいるのか?」
「うん?そうだけど」
「君の為に来たという事は、柚季の知り合いだろう?」
「ああ。ホラ、私が鬼から守った女の子」
「…君がいる絵には気が付かなかったのか?声を出して助けを求めることくらい出来ただろう」
「あー。助けを求めるかあ…ふふ、その時は考えつかなかった!」
「……」
「折角花を手向けに来てくれたから、怖がらせないようにと思ってこうしてみた」
「む!」

柚季は遠い昔に女の子が訪れた時同様、絵画の中で膝を折り、しゃがみ込んで絵の中から姿を消して見せた。鮮やかな牡丹のみとなった絵画に煉獄は持っていた重箱を落としそうになりながらも前のめりになって驚いている。その様子を、再び立ち上がり絵画のメインとして戻ってきた柚季が見てくすくすと笑った。全く、煉獄は面白い反応をしてくれる。

「こちらからはひじ元くらいまでしか描かれていないように見えるが…絵画の中は一体どうなっているんだ?」
「ふふ、足元には少し空間があるかな。私の後ろすぐ真っ白な壁だし、お花が咲いているだけで、あとはこれといって何もないよ」

柚季は絵の中で振り返るとつんつん、と自らの背後をきらびやかに彩っている牡丹の花弁を指先でつついて見せた。煉獄はその様子を、箸の先を自身の口元に当てつつ見ていたが、途端に首を傾げ、うーんと唸ると当てていた箸先を自身の唇に軽く押しつけながら話は戻るが、と言って続けた。

「柚季は、それで良かったのか」
「何が?」
「助かった少女は、君が亡くなったと思っているのでは」
「この状態で生きているっては言えないでしょ」
「…そうかもしれないが、君はこうして会話もできるし」
「実は私も、いつか絵画の鬼血術が何らかの方法でとけてそのまま閉じ込められた私諸共、消滅出来るんだろうなって勝手に思っていたんだけどさあ。何だかんだ、8年も経っちゃって」
「むう」
「私もこんな長い時間、閉じ込められたままでいるとは思わなかった訳」

柚季はどうしたもんかねえ、と両手を広げやれやれ、とかぶりをふった。そしてそのまま煉獄を真剣な表情の視線で刺した。

「だからねえ。私がきちんと成仏するには、この絵画諸共焼くか壊すか、しなくてはいけないのかも」
「柚季、」

煉獄は柚季の心の奥にある固く揺るがない決心のようなものをまっすぐな瞳を通して垣間見た気がした。そして、大きな虚無感に襲われた。成仏。柚季が言った言葉を心の中で復唱する。すなわち彼女が絵画諸共消滅するという事だ。今、こうして自分と他愛のない会話が出来ているのに。笑えているのに。だ。彼女は静かにそれを望んでいる。だからこそ、柚季のこの穏やかな雰囲気に、妙に納得がいった。それでもまだ知り合ったばかりだというのに、煉獄は柚季の願いに対し酷く反発したい気持ちが芽生えた。それはきっと、彼女が生前の煉獄の母、瑠火の事を知り、煉獄自身と同じ言葉を大切にしていて、それを体現するかのように人生を全うし。父が柱として活躍していた頃と同じ時代に鬼殺隊として任務をこなした過去があり、こうして何かの運命のようなものに引き寄せられるかのように煉獄と出会い、仲良くなったからだった。なんだか柚季と自分は、出会うべくして出会ったような気に、煉獄はなっていた。偶然と言ってしまえばそれまでなのだが。偶然にしては二人に接点が多すぎた。もうすでに、柚季に対して情が芽生えていたのだ。彼女が今さっき言った言葉を思い出す。自分が柚季の屋敷に入り込み、彼女と出会った理由は、彼女と絵画を燃やして供養してやるためだとでも言いたげだ。

ぼうっと下を向き、重箱の中身を眺めながら黙り込んでしまった煉獄に柚季は眉を下げ、肩の力を抜いた。きっと、重い話をしてしまったからだろう。小屋の中に漂う重い空気を一変させたくて、柚季は煉獄の持つ弁当箱を指差しながら、からかう様な声色で言った。

「ねえ、もしかして杏寿郎君!そのお弁当、一人で全部食べるつもり?」








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