お弁当

煉獄は一歩一歩ゆっくりと土を踏み、柚季がいる小屋を目指していた。折れた足は随分と前に完治していたものの、任務が立て続けに重なり結局柚季に会いに来るのが、中々遅くなってしまった。額の中でしか身動きが出来ない彼女にいつ来れるか分からない約束をするのは酷だっただろうかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになった。彼女の雰囲気を見ている限りその何もない時間さえも楽しんで良そうな気はするが。とにかくこんな風に彼女の事を考えるくらいには、煉獄は柚季との再会を楽しみにしていた。早速見えたこの間と一切変わり映えの無いボロボロの小さな小屋に、煉獄は自ずと早足になった。


「柚季!」


柚季は急に聞こえた自身の名を呼ぶ大声に、びくりと体が揺れ驚く。その声の主は聞き覚えのある、柚季がいつかいつかと待ち望んで止まなかった煉獄杏寿郎の声だった。部屋の入り口に咄嗟に視線を向ける。無意識に髪を手で整えた。煉獄の、入り口のツタを掻き分ける手が見える。先程まで鑑賞していた小屋の中に迷い込んだ綺麗な蝶がふわりと飛び、煉獄と変わるようにして入り口から出て行った。

「柚季、遅くなってしまったが…会いに来た!」
「きょ、杏寿郎君久しぶり!」

柚季は前回より幾分か元気のある煉獄の、会いに来た!と堂々とした発言にどきりと胸を打った。頬を僅かに桃色に染めながらも、小屋に一人きりだった時間、何度か独り言のように呟いていた煉獄の名を呼んだ。久しぶりに見た彼の笑顔はやっぱり眩しくて好きだ。

「足の具合はどう?」
「ああ、とっくに完治していたんだがなんせ忙しくてな。君の手当の指導あって、綺麗に治ったさ」
「ふふ、私のお陰だね。また会いに来てくれて嬉しいよ」
「必ず来ると言っただろう。会わない間何度か君の事を思い出していた!元気にしていたか?柚季」
「えっ」

会わない間思い出していたのは柚季も同じだったが、それをストレートに言ってのけた煉獄に柚季は驚き、目をぱちくりさせながらまた頬を染めた。自分が結構凄い発言をしたのに気付いていない煉獄は、何食わぬ顔で新しめの羽織を揺らしながら柚季に近付き、絵画に人差し指を押し付けた。勿論彼の指は絵画を貫通することもなく、柚季に触れられるわけでも無く言葉通り絵画に指を押し付けただけとなった。彼の行動に柚季はさっきから驚きっぱなしだ。

「…な、何してるの」
「むう、やはり絵なのだから、入れたりするはずがない、か」
「う、うん。そりゃあそうだよ。絵とそっちが繋がっていればきっと、この間まで壁を生い茂っていたツタが額を通り越して入ってきてるんじゃない?」
「うーん、それもそうか…柚季にも、弁当を食わせてやりたかったのだが」
「ええ?お弁当?」

言われて初めて柚季は彼が手に大きな風呂敷を持っていることに気が付いた。煉獄は残念だなあと言いながらも、この結果は予想していたようだった。部屋の真ん中にどさりと座って胡坐をかいた煉獄は、風呂敷を解いて大きな重箱を広げてみせる。中には美味しそうな料理が彩りよく並んでおり、柚季は久しぶりに見た食べ物に空かないお腹が鳴りそうな感覚になりつつ、わあっと声を上げた。

「凄い凄い!綺麗なお弁当だねえ。」
「弟が作ってくれるんだ。旨いぞ!柚季と一緒に頂きたかったが」
「ふふ、気持ちだけ受け取っておくよ、杏寿郎君が食べてるのを見て、私も頂いた気になろうかな」
「ああ、俺が柚季の分まで頂くとしよう。…というか、絵の中では腹は空かないのだろうか?」
「うん。勿論。空かないどころか食べ物すらないよ。眠気だって来ない」
「…おかしな血鬼術なんだな。鬼は確かに殺したんだろう?それなのに柚季、君は絵画の中に捕らわれたまま。」
「私も色々、この何年間を使って考えてみたんだけど、もうそっちの世界に帰るなんてことは望んじゃいけないんだろうね。当事者の鬼も死んじゃったし、解除できない」
「…そういうものか、君も辛いな」
「うーん、私は元からぼーっと過ごすの好きだったけどね。それに最近は、杏寿郎君っていう話し相手も出来た」

言われて煉獄は重箱の弁当を箸でつつきながら正面の、牡丹に囲まれにこやかに笑う柚季に笑み返した。少女ではあるものの、容姿端麗で美しく笑む彼女にそんな風に言われると、胸ら辺がくすぐったくなる気がした。同時に、彼女の言葉によって柚季が自身と同じ様に時を歩む事は来ないと痛感させられた。12歳で閉じ込められ、8年過ごした彼女は、普通に生きていれば現在は20歳。今の風貌からしてきっと美しい女性になっていたに違いないが、現実、柚季はこうして12歳のまま、絵画の中に生きていた。だからこそ、こうして自身と出会うことも、出来たのだろうが。







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