手当て

「うわあ、痛そう」
「折れているだろうな」
「…よくそんな状態で立ってたね」

煉獄は床に座り込み足に巻かれた布を外し、隊服を捲り上げた。露になった脹脛が異様に腫れ、紫色に変色していた。それを見た柚季は苦い顔になる。何食わぬ顔をして刀でぴりぴりと自身の羽織を紐状に裂き、包帯代わりにして折れた足を固定しだした煉獄に柚季は、絵の中から部屋をキョロキョロと見渡し、部屋の隅に落ちている鉄のパイプを指差した。

「あ!あれを一緒に巻きつけて固定した方が良いよ」
「ああ、そうしよう」

柚季の言葉に素直に頷いた煉獄は、羽織を巻きつける手を止めて一度立ち上がった。

取ってあげたいのは山々だが、生憎柚季は絵の中から見ている事しかできない。鉄パイプを手に取り、埃を手で払った後、煉獄はまた座り込んで足の固定を始めた。その様子をじっと黙って柚季は見ていた。だが、煉獄の手裁きにむずむずと口を挟みたい欲求に駆られていくのを感じる。なんと、まあ。彼は手当てが下手だった。脹脛にゆるく巻かれた包帯から、固定する為に一緒に挟んだ鉄パイプが落っこちそうだ。どうするのかと冷や冷や見ていた柚季をよそに、煉獄は明るい顔つきでよし!と一言発すると立ち上がる。案の定、パイプは煉獄が立ち上がったと共にストンと足から抜け落ち、益々空間が出来た包帯は足からずるずるとくるぶしまで下がってきた。これでは固定もなにもあったもんじゃない、といよいよ柚季はしかめっ面になったところで、先に言葉を発したのは煉獄だった。

「手当は苦手なんだ」
「でしょうね、その様子だと」
「別にこのままでも山を下れなくは、ない」
「何言ってるの、足の骨いかれるよまったく。鬼殺隊が聞いたら呆れるね。自身の怪我の手当ても満足に出来ないなんて、そんなんじゃあ柱になれないよ」
「むう。」

柚季は額縁に肘をつき、やれやれといった両手を広げたポーズで大きくため息をついた。

「炎柱さんに、稽古のほかに教わることが有るんじゃない?杏寿郎君」
「父上には、教わっていないんだ」
「…殉職されたの?だったらごめん、嫌なこと言った」
「いいや、父上は生きているさ。ただし柱も辞め、毎日家に籠っている。昔と随分変わってしまった」
「…そう」

煉獄は表情は崩しはしなかったものの、弱々しく寂し気に言うものだから柚季はそれ以上問わなかった。昔の、炎柱さんの評価は皆口を揃えて同じだった事を思い出す。情があって、強くって、頼もしい。そんな人であったはずだが、8年も月日が流れれば変わりゆく人もいるだろう。きっと炎柱さんにも事情はあるはずだと、柚季は自身の中で完結した。落ちたパイプに視線を移す。彼に手当の仕方を教えるものが居ないのであれば、私が教えよう。

「杏寿郎君、もう一回座って、紐を解いて。私が説明するようにやってみて」
「ああ、…すまないな」
「膝下と、足首で棒を固定して、強く紐を巻いて。ぎっちぎちに強くね。あ、なんか杏寿郎君のぎちぎちの加減信用できない。足の血の通いが全停止する位強く巻いちゃだめだよ」
「ふ、それくらいは俺にでも分かるが」
「その様子だと何するか分からないんだもん」
「む、心外だな」
「…ふふ、」

そんな風にほわほわした雰囲気で無事柚季の指導あってうまく足を固定する事が出来た。そのまま刀を杖代わりにして山を下るという。この小屋には水さえも通っていないのだから当然だ。絵の柚季と違い、煉獄は生きている人間。此処にずっと滞在するわけにはいかないのだ。彼が小屋から居なくなるという現実に柚季が小さな喪失感を覚え始めていた頃、小屋から出ていく途中だった煉獄は、柚季に笑顔で振り返り言った。

「怪我が良くなったらまた必ず此処に来る。待っていてくれるだろうか」
「え、う、うん!もちろん!」

じゃあまた、と片手を上げ小屋から出て言った後姿を見送りつつ、柚季は脈打つ胸に手を当てて頬を赤らめた。また来てくれるというのだ。しかも、必ずという言葉付きだ。待っていてくれるだろうかなんて言葉は、柚季の乙女心を擽った。いまさっき出て行ったばかりの煉獄の顔を思い出し、早くなる鼓動を落ち着かせるように息を大きく一つ吐いた。

杏寿郎君の顔の作りは、結構柚季のタイプでもあった。









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