年月日


「っ、君は」
「わっ」

雷に打たれたような感覚が全身を走り、壁に掛かる絵画の少女に勢いよく歩み寄り額を掴んだ。彼女は驚いたようで目を見開いて両手を顔辺りまで上げて構えていた。額縁に積もっていた埃が宙に舞う。この少女、母親の名を口にしたのだ。元気でいてくれていると良い、とも言った。彼女は生前の母を知っているのだ。煉獄は詰問した。


「君は、何年前からこうして閉じ込められているんだ!」
「え、ちょっと落ち着いて」
「何年前だ!」
「っ、…何年経ったのかは、カレンダーも無いし分からないけど、閉じ込められたのは大正元年の5月だったと思う」
「元年、8年前か」
「え、はち?…そんなに経つんだ」
「その翌年に母上は亡くなっている」
「母上って、君の?」
「ああ。俺は煉獄杏寿郎。母上の名は煉獄瑠火」
「は、え!?瑠火さんの息子さん!?」


段々と状況が読み込めてきた煉獄に対し絵画の少女は最初したように煉獄を絵の中から指差し、驚いている。その後思い出したように眉間に皺を寄せてだらりと指差していた手を下ろした。胸元から下は描かれていないので額の外、というか見ることはできない。か細い震えた声で彼女は言った。目には薄く涙の膜が張って潤んでいる。

「ねえ、瑠火さんって、もういないの?」

もういないの?今にも泣きだしそうな声で言った彼女の一言に煉獄も鼻の奥がつんとした。黙って額からゆっくりと手を離す。目を伏せていると、そっか。と彼女の震えざらついた一言が返ってきた。彼女は続ける。

「たまにね、瑠火さん。子供たちを集めて書道の教室を開いてくれていたんだよ。それに私も参加してた。私が鬼殺隊に入隊しようと努力してること気付いてたみたいで、二人きりの時にコッソリ瑠火さんの旦那さんも鬼殺隊の隊員だってこと、教えてもらったっけな」
「父上か。柱だった」
「うん。鬼殺隊で仕事するうちに炎柱さんの話は耳に届いていたよ。そんなまさか、瑠火さんから息子が二人いるっては聞いてはいたけど、まさか、ねえ」
「よもや、こんな風にして出会うことになろうとは」
「ほんとうだよねえ」

少女は頬に一筋、涙を流しながら言った。母を随分好いていたのだろう。母上が月に一度くらいのペースで書の教室を開き教えていたのは知っていたが、生徒の話をあまり聞いたことはなかった。涙の筋を指先で擦った彼女はまた優しく笑う。母の事を知り、母から貰った大切な言葉の一節を、同じように大切に受け止めてくれていた人がいた。煉獄は嬉しかった。

「君の名を聞きたい」
「ああ、私。夏目柚季。ちなみに言うと年は閉じ込められてから変わらないから永遠の12歳」
「俺は先程も言ったが、煉獄杏寿郎、年は18。というか柚季。君は12歳で鬼殺隊隊員だったという事か?」
「ああうん。でも私くらいの年齢の子は、結構今でもいるでしょ?この年で階級甲は、結構珍しがられたけど」
「むう、12歳で、甲?」
「ふふ。私結構強かったの」
「そうか...君が生きていたのなら、今頃柱になれていたのかもしれないな。柚季。」
「タラレバだよ。現実もう私は居ないのと同じ。杏寿郎君は、もしかしてもう柱?」
「いいや、まだ甲だ。俺は炎柱を目指しているよ」
「へえ。さすが瑠火さんと炎柱の子だけあって強いね。関心」

腕を組みうんうんと頷く彼女の仕草に煉獄は面白くなりくすりと笑った。絵画に掛かれた風貌は12歳の、まだ幼さが残る少女であるのに話し始めてみるとごく普通に会話が出来た。8年間も体を閉じ込められているのだから精神面は大人になるのは当然なのだろうか。埃っぽい匂いが思い出されたように鼻につき、ここが人の出入りの無い錆れた小屋なのだという事を思い出す。此処に、ずっと独りで居たのだろうが、そんな寂しさを微塵も感じさせないほどに彼女は優しく微笑んでいる。美しく咲く牡丹を背に。







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