後日談

「それであの、杏寿郎君、好意を伝えてくれる直前に、何か言おうとしてたよね?あれって…」
「うーん、今、言われると困ってしまうなあ」
「え、何、あの空気に飲まれて言った?」
「む、失礼な。違う。アオイ、君に居られると困るんだが」

煉獄は、すやすやと穏やかな寝息を立てて柚季の膝の上で眠っているアオイに向かって言う。勿論、起きるはずはなく、煉獄も声の大きさからして彼女を起こす気はあまりないようだ。柚季はアオイの頭をひと撫でしてから、自身が座っている病床の横で、椅子に座った煉獄が、少し近いななんて思いながら一人照れた。手を伸ばせば簡単に触れてしまうのだ。絵画の中と違って。

「えー。なんだかいやらしい、杏寿郎君。私に何かする気だ」

自身の恥ずかしさを消し去るようにしてふざけて見せる。胸元に手を当てて軽く身を引いたような動作をとれば、柚季は自身の胸が膨らんでいる事に内心相当、驚いた。

「まあ、そうだが」

柚季がふざけているとは思っていないようで、煉獄はこくりと頷く。

「えっ」

彼は真剣な、というか大真面目だ、という顔だ。

「勢い余ってあの場で言ってしまったが柚季、俺は君が好きなんだ」
「…はい」

また真剣な表情でいうものだから、視線をがっちりと絡ませられて逸らせない。かあ、と顔が熱くなる。改めて何を言っているんだ。それに、アオイちゃんも、いるのに。

「う、」
「む!はは。照れている顔も可愛いのだな」
「なんで、そ、そんなことばっかり言うの…身体が持たないよ」
「君が言い出した事だろう。それで、君は!柚季」
「エッ私!」
「無論、君の同意が無ければ、触れることは叶わない」

えっ、触るって何だ。やっぱり触るんだ。勿論柚季も煉獄の事を好いているが、今ここで言ってしまえば不純な事が起きかねないと、口を噤む。柚季が最後、生身で過ごしたのは一二歳だ。男の人に触られた経験など以ての外。昔、それこそ10歳くらいの頃に見た、近所の空き地に捨てられていた、一糸纏わぬ男女が絡み合った絵を思い出す。当時はそれなりに衝撃を受けたものだ。…否、何故このタイミングで、思い出してしまうのだ。煉獄の言う触れるとは、何処までなのだろう。一体!…という感じに焦るほどには、柚季はまだ一部、一二歳の子供だと言っても良い。どんどんと目を見開いて赤くなっていく柚季を、煉獄は妄想から引き戻すようにして顎を掴み、視線を絡み合わせた。

「、」

煉獄の掴み方はまあまあ荒く、夢見る少女が王子様に期待するようなそれではない。もっと強引。がくんと視界が揺れ、煉獄と目が合う柚季は、そのやり方が今さっき想像していた厭らしさとはかけ離れたものだったのできちんと現実に戻って来られた。

「柚季、君は!」
「……分かっているくせに」

恥ずかしさで口をきゅっと結んだあと、どうかアオイが起きていない事を願いながら、小声で答えれば、煉獄が真剣な顔をして、柚季の顎を掴んでいる手をぴくりと動かすから、柚季は閃いてしまう。これは、接吻の前触れである。二人を包む空気感が、それを物語っていた。目を閉じようか、迷う。初めては、分からないのだ。煉獄が空いている手で柚季の肩を掴み、顎を掴んでいた手は離れていった。ああ来る!人生初体験。どうする!

柚季がいよいよ目をばちりと閉じれば、胸元から背中にかけて、包み込まれるような温かい感覚に包まれた。…接吻ではなかった。馬鹿らしくなり半目を開ければ目端に見えるのは煉獄の金色の髪、ぎゅうっと体を、抱きしめられていた。

「こうする事が出来たらいいのにと、思っていたんだ」

途端に煉獄の低い声が、耳元で吐息と一緒に届く。ひゃっと声を出してしまいそうだった。ぎゅう。抱きしめられている体が、更に締まる。衣服の擦れる音がする。ちょっと、苦しい。でも、温かみのある、相手の体温を感じられるその行為は、幸せだ。羽織からは微かにお線香の香りがして、瑠火さんを想起させた。じんと、目は涙の膜を張り始めて、柚季も煉獄の背へ手を回そうと、両腕を宙に浮かせた時だ。

「夏目さんに手を出さないでください!」
「う、」
「むう」

がばっと、柚季と煉獄の体に挟まり、両手で双方を離した、アオイ。そうだ、彼女が、いたのである。途中まではきちんと存在を忘れていなかったのに。そりゃあ、柚季の膝で寝ているアオイは、抱き着いている二人に挟まれることになり、静かに寝ているわけにはいかないだろう。むっと頬を膨らませながら柚季を守るようにして両手を広げて、煉獄から守っている。そのアオイの様子に、煉獄は溌溂と謝りながら、腕を組んで笑っている。言わずもがな柚季は、羞恥心により両手で自身の顔を覆い隠した。






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