もえて

煉獄が無言で腰に纏った日輪刀の鍔を触るから、柚季は絵画を切り込むのだと理解した。眠った時の、優しい声と手の平の感触を思い出す。目を伏せたままで動かない煉獄の不安をかき消せるように言った。

「ねえ杏寿郎君。アオイちゃんが、手を握ってくれているんだよ」

柚季がいきなりにアオイの名を口にするから、煉獄は驚いたようにふわりと顔を上げて彼女を見る。自身が触れた事も、アオイが今この瞬間蝶屋敷で眠る柚季の身体を見てくれている事も、柚季は分かっているらしい。彼女が絵画の中で、どういった経緯で、その事を知ったのかは良く分からない。

「ああ、そうか。…そうだな。なら安心だ」

分からないが、今はそれでいい。煉獄はきちんと彼女の精神を元のあるべき場所に戻してから、沢山、話をしようと、決めている。煉獄の言葉に柚季はうん、と小さく、でもどこか夢見がちに熱っぽく相槌を打つ。そして少女特有の、幼げな笑いを含ませながら煉獄の日輪刀に視線を向け、言った。

「最後は、杏寿郎君の炎刀で」
「…また君はそうやって」
「ふふ、」

炎柱としての彼の、その剣技で。そう思って言って見せれば、煉獄は柚季の言葉に突っかかり、呆れて様にしてむすっと膨れるから可愛らしい。笑う柚季に煉獄は半目でこちらを睨んでいるといった風だ。柚季は彼が鍔に手を触れた時から、内心で小さな恐怖心を芽生えさせていたが、それでもまだ笑えるのは煉獄のお陰。

「早く君に、会いたいよ」

頬が膨らんだ煉獄に柚季は優しい声色で言う。聞いた煉獄の頬はゆっくりと空気が抜け元に戻り、そして色を若干桃色に染めた。そして眉間に、なにか気後れすることが有るみたいに、微かに皺が寄る。右の下唇を犬歯で軽く噛みながら、煉獄は歯切れの悪い口調で喋り出す。

「…柚季、君と蝶屋敷で無事、会えた時には、…」
「うん?」
「…その、だな」

言葉が進むたびに煉獄の頬の紅潮は増し、眉間もぐっと寄った。柚季は珍しくどこか弱々しい煉獄の口調に疑問符を浮かべて待ってみるが、うう、と小さく唸ってその話はやめだ!という風に頭を振る煉獄自身により、話の続きを聞くことは出来無さそうだ。

「いいや!君に直接言うから、いい!」
「...そお。」

煉獄が余りに照れた様子を見せるものだから、柚季も何だか気恥ずかしくなってしまったので、追及しないでおくことにした。

気の緩んできた二人の空気を、煉獄が一つの咳払いで締める。それに続き次はしっかりと刀を鞘から引き抜いた。柚季はその動作を、絵画の中からただ見ていた。煉獄の刀の色を、初めて見る。ずんと重たい刀特有の鉛の色と相まった、彼の赤は深かった。それは恐ろしい夜の月の色にも、多情多感にさせてくれる夕日の様にも、小屋の曇り切った窓からでも容赦なくじりじりと差し込んで照らす太陽の様にも、悲しくて暖かくて、強かった。彼だけの赤を見て、柚季はやっと安心する。彼の炎なら、大丈夫。
すうっと、煉獄が呼吸を整え、肺に溜め、吐く。刀を強く握りしめる音がする。柚季は目を閉じた。瞼の裏も血の通う綺麗な赤で、嬉しくなって、顔を綻ばせた。

「じゃあ、待っているね、アオイちゃんと」

そういえば答えるようにして、瞼の赤みが、光に照らされて強く色味を発した。煉獄の炎の呼吸によって照らされた赤。とても熱い色なのに、柚季はほんのりと温かさを感じるだけだった。ちりちりと絵画の、端から燃えるような音がする。柚季は目をぎゅっと瞑ったままで、ただひたすら、額が割れる音と、自身のいるカンバスが焼けていく音を聞いていた。それは一瞬の出来事で、でもずっとずっと、長かった。まだ。まだ、自身は絵画の中だ。

「っ…好き!だ!」
「えっ」

それは絵画が切り込まれた数秒後。

待っていられないという風に煉獄は、轟々と燃えて消えゆく少女の柚季に対して、半分喧嘩腰の様にして刹那でそう言い切った。

「え、っ、」

驚いた柚季は、思わず目をばちりと開ける。

「ええ!」
「夏目さん!!」
「!」

目を開けてみればそこに居るのは、煉獄ではなく目に涙を浮かべ自身の名を呼ぶ少女。8年間も目を覚まさずに静かに眠っていた柚季が声を荒げながら飛び起きたにもかかわらず、アオイは握っていた手をぎゅっと引き寄せ、柚季に飛びついた。柚季は自身の胸元ではらはらと安心したように涙を流す少女を、荒くなった呼吸を整えないまま見やる。彼女の体温の温かさに慣れなくて、煉獄の最後の一言が衝撃で、心臓がどきどきと焦っていくばかりだった。






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