ふれる


煉獄は、柚季の眠る病室に訪れた瞬間いっぱいに見えた部屋の大きな花瓶に活けられた牡丹に一瞬視線を奪われた後、奇妙なくらい真っ白で皺の無い病床に寝かされている柚季に恐る恐る近付き、その風貌を確認すると息を飲んだ。やはり彼女は大人の女性にきちんと成長していた。驚くはその美しさで、ピクリとも動かずに閉じられた瞼とその表情のせいで、そこに寝ているのは造りの良い人形なのではと錯覚する程だ。とにかく目を見張る程に綺麗。なのだが、そんな気持ちに拍車がかかるのは煉獄が元々彼女に惚れてしまっているせいもあるだろう。そうっと柚季の滑らかな頬に手を伸ばしてするりと指先で撫でつけた。煉獄は、まだ彼女が目を覚ましていないのにも関わらず安堵していたし、柚季に触れる事が出来てしまって心臓が鼓動を早くした。彼女はきちんと自身同様、体温があった。

後ろで一連の様子を静かに見守っていたアオイは先程柚季の病室まで案内する間に簡潔に煉獄から、絵画に精神を幽閉されて当時の姿のままの柚季の話を聞いていた。にわかには信じがたい話だったが、花瓶や当時の、アオイと柚季しか知らないはずの話がぽんぽんと煉獄の口から出てくる不思議さから認めざるを得ない。彼女の現状に希望が見え始めてアオイは興奮か緊張か、はたまた怖さか、分からないが手が震えているのを隠すように背中へ回し組むと口を開き、ぽつぽつと話し始めた。

アオイが話している間もずっと煉獄は柚季の表情変わらない顔を眺めていた。


「私は祭りに来ていました、子供の日の祭です。5月5日なので。麓で行われていました。山の中から、声がしたんです。小さな子供の声に聞こえて、私、山の中へ入っていってしまった子が居るんだなんて考えで、追いかける為一人で林の中へ入っていきました。鬼の存在を知る今では考えられない行動ですね。鬼が自ら子供の声を出していたんです。それにまんまと引っかかったのが私でした。」
「そこで柚季が、君を?」
「はい。襲われていた所を助けて頂きました。私を庇ったせいで腕を怪我して、それで…。それで、出血が多かったんです。あと少し処置が遅れていたら亡くなっていたと言われました。奇跡だったんです。だからきっと、このまま状態が良い方向に向かって、目を覚ましてくれると思っていたんです。本当、私は馬鹿です。私は夏目さんに、何もしてあげられる術がない」
「君は8年間眠り続ける彼女を診てくれていたからこそ、柚季が目覚める術が見つかったと言えよう」
「目覚める術…?」

そんなものまでもうこの人は見当がついているのかとアオイは驚いたところで、病室の入り口からふわりと、これまた蝶のように入り込んできた胡蝶しのぶに気が付いた。

「やはり、絵画が精神の檻と考えていいのでは?肉体のみとなり抵抗する術を失った人間を喰う。最も鬼らしいやり口ですね?煉獄さん」
「む、胡蝶」
「貴方を運ぶの、結構骨が折れました」
「…すまない」

彼女は煉獄とアオイの話を最初から聞いていたのだ。にこにこと、柚季とはまた違う笑み方をするしのぶの圧に、煉獄は背中を冷やしながらうつ向きがちになって謝罪した。そういえば高熱で倒れた事を忘れかけていたのは、彼女の薬学に長けた故の調合薬のお陰に違いない。頭が上がらない。圧で一回り小さくなった煉獄に、しのぶはやはり、と顎に手を掛けつつ話の道筋を戻した。

「閉じ込められた檻、すなわち絵画を破壊、というのが無難ではありますが」
「まあな。俺もそう考えている。精神が肉体に戻るにはやはり絵画を壊すしかあるまい、が。」

煉獄はうつむきがちにしのぶと視線を絡ませた。しのぶは肯く。

「ええ。勿論それで柚季さんが目を覚ますとは、言いきれません。」







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