蝶屋敷

「この方も、熱を出す事があるんですね」

胡蝶屋敷にてしのぶは、面白そうに笑いを含んだ口調でそう言ったが、運ばれた煉獄への処置の仕方は抜かり無く完璧である。心配はない、彼はただの風邪だった。風邪の引き初めに雨に濡れて体を冷やし悪化させたのだという見解。しのぶの調合した薬を投与した甲斐あって、今は煉獄の頬に現れていた赤みも大分落ち着きを取り戻して眠っていた。

「偶然付近で任務にあたっていて、鴉に呼ばれた時は驚きましたが。まあ無事で何よりです。話は後程聞きましょう。ねえ?煉獄さん」

しのぶの言葉に返事がないのは煉獄がまだ眠りについているからで、しのぶもまた、返答を貰うつもりで言ったのでは無い。どちらかと言うと、しのぶの言葉は今し方冷やした手拭いを煉獄の額に乗せたアオイに向けられていたように思う。アオイは煉獄が蝶屋敷に運ばれてきてからずっとこんな風に、眉の間に皺を深く刻んで神妙な面持ちだった。



―――――



柚季は煉獄が無事に運ばれていった事に安堵していた。暫くたった今、絵画の中で膝に手を付き立ち上がる。鎹鴉が呼んだ人だ、信頼できる相手だと考えて良かった。立ち上がり額の中に自身が戻ったことで部屋の中が見えた。雨が降っている事によって煉獄を連れ帰った人の足跡がまだ乾かずに、木製の床に点々と残っていた。足跡が小さいが、女性だったのだろうか。いつものように静まり返った小屋に柚季は一人考え耽る。高熱に魘されてまで、雨の中全身ずぶ濡れになってまで柚季の元へ来た理由は何だったのか。今一度煉獄の言った台詞を漏れの無いように想起に励む。彼は他でもない、柚季自身について話していた。

(おかしいと思っていたんだ。血鬼術だぞ)
(人間を食う為の術。肉体共に画に閉じ込め貯蔵庫としての役割があったとしても年を取らないのは不自然だ。)
(傷はどうした。鬼と戦った日、君は出血が多かったと言ったな)
(やはりな。完治などでは無い)
(君の任務報告書を見たんだ。大正元年、5月5日)

彼の言葉を脳内で纏めながら浮かぶ気持ちは、一体報告書に何が書いてあったのだろうという疑問だけだ。というか自身の事がきちんと報告書に記載されたことに驚いた。柚季は、絵画に幽閉されたせいで報告書など無論書いていない。他の誰かによって書かれたその自身の名が載る報告書に、なんて書いてあったというのだ。

勿論、その柚季の疑問の答えも、煉獄が置いて行ってくれていた。

生きていると言ったのだ。柚季の間違いでは無ければ。いやきっと、間違いなどではない、しっかりと目視していた。煉獄は柚季が生存しているというのだ。彼の言葉の節々から柚季が察するにきちんと年をとって生存している自分がいるという。一体外の世界で何が起きているのか分からない。

「はあ、なんだか疲れた」

疲れなど感じない体だというのにも関わらず、よろよろと自身の背後の壁に寄り掛かった。まだ何本か背後に咲いていた牡丹の花弁が何枚か散った。







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