謎解き

「杏寿郎君、早々に山を下りるべきだよ」

見るからに高熱を出し、苦しそうに息をする煉獄に柚季は出来るだけ平然を装って、自身の不安感を隠すようにして言った。騒げば自身の余裕が無くなると同時に状況が悪化する気がした。壁を伝ってこちらに近付く煉獄の手は雨で濡れていて、伝った壁が水分を吸ってくすんだ跡が付いていた。

「おかしいと思っていたんだ。血鬼術だぞ」
「…何が」
「人間を食う為の術。肉体共に画に閉じ込め貯蔵庫としての役割があったとしても年を取らないのは不自然だ。」
「…ねえ、杏寿郎君、一回私の話を聞いてよ」
「傷はどうした。鬼と戦った日、君は出血が多かったと言ったな」

まるで柚季の話の筋と関係無い言葉は聞く気が無い様で、現状煉獄の一人語りとなっていた。柚季が不安感を抑え込むように平然を装った口調なのと一緒で、煉獄にも譲れない事がある風だ。仕方なく問いにたっぷり間を開けて答えた。

「…傷は絵画の中で起きた時には完治してた」
「やはりな。完治などでは無い」
「?」
「君の任務報告書を見たんだ。大正元年、5月5日」


「五月、いつか…」


柚季は5月5日、という日付を聞いて忘れていた8年前の記憶がすうっと脳内に思い起こされた。子供の日。5月5日は子供の日、あの日は確か山の麓で行われる子供の日の祭で柚季はそこの警備担当に割り当てられた。日がとっくに暮れた山の麓には提灯の明かりのみで視野が確保されていて、少しでも祭りの主催場から離れてしまえば辺りは真っ暗だった。祭りには女子供が多く参加し鬼の狩場に最適な状況と言えた。そんな任務だったと柚季は今頃に思い出した。何故忘れていたのだろうか。案の定、祭りの場から離れ山の中に入った小さな少女が襲われかけていて、柚季はその子を助けるために戦い敗れたのだ。女の子を庇ってできた傷の止血中に遠くで祭りの太鼓の音がこだまして響いていたなんてことも思い起こされた。だがそんな記憶は今の状況に特に関係の無い事で、柚季は過去の追憶に耽っている場合じゃないと、目前の状態が良くない煉獄に視線を戻した。彼は目を瞑り壁に体重を預けて、やっとの思いで立っている様だ。頬の紅潮から見て余程の熱を出している。もう一度、次は語尾を強めて身を挺して帰れと言ってやろうと、柚季は大きく息を吸い決め込んだ時だ。煉獄の口が小さく動いた。

(いきている)

確かに、柚季は息を吸い込んだまま吐くのを忘れて、彼の口が何と言ったのかを目視していた。いきている。煉獄の声にならなかった言葉を確かに口がかたどる。

「っ杏寿郎くん!!」

煉獄はそれっきり、ずるずると膝から崩れ落ちると、顔をがくんと俯かせて座り込んでしまった。垂れた前髪から覗く顔は、目を瞑って苦しそうに息をしているだけだ。やはり、柚季の嫌な予感は的中してしまった。この小屋には薬や水分もなければ彼を看病できる人間は居ない。

「ねえ、起きてる?」

「杏寿郎君、ねえ」

「返事して」

柚季の短い問いにも悉く反応を示さない煉獄は、静かに気を失ってしまったのだろう。予想外の事に震える手をぎゅっと握りしめて、柚季は出せる限りの声で大きく叫んだ。


「鎹鴉!!!外に居るんでしょう!!」


柚季の声が外まで届いたんだろう。曇った小屋の窓に、煉獄に仕えているだろう鴉の影像の姿が映った。

「杏寿郎君が倒れた、人を連れて来なさい!」








×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -