洗濯物


「なんだか、激しい雨ですね」
「急でしたね……あっ」

蝶屋敷にて胡蝶しのぶは屋根付きの縁側に正座し、すみの髪に櫛を通してやっていた。急な豪雨の、地を雨粒が打ち付ける音が二人の声を消すように大きく、二人は顔を見合わせた。そんな最中、しのぶから微かに柔軟剤の香りが漂ったことに、すみは大事を思い出したようにして声を荒げ目を見開いた。

「洗濯物!!!」

言いながらすみは外の雨の降り方に、もう手遅れだと感じる。髪を梳きながらすみの青白くなっていく顔を見てしのぶは、向かってにっこりと笑むと「明日洗濯し直せばいいんです」と咎める訳でも無く優しい言葉をかけてくれたのだった。しゅんと一回り縮こまり、すみはしのぶに謝罪した。


「洗濯物なら取り込みました!すみ!畳むのを手伝ってください!なんせ量が多いですから」

そんな時、縁側の角からひょこりと顔を出したのは蝶屋敷で人一倍家事を手際良くこなす神崎アオイだ。彼女はもうすぐ顔が埋もれてしまうくらいに両手いっぱいに洗濯物を抱えていた。流石、彼女がいなければ今頃蝶屋敷の皆の洗濯物は無事では済まなかった事だろう。そんないつものアオイの調子にしのぶは「流石ですね」と顔の前で楽しそうに手を合わせ、すみは大慌てで洗濯物の塊に埋もれている彼女に駆け寄った。

「畳んで仕分けしましょう。行きますよすみ」
「はっはい!あ、髪の毛梳いてくれて有難うございます」

アオイの後ろをひょこひょこと付いて行きながら照れ臭そうに礼を言うすみにしのぶは笑みで返事を返した。


―――


広い畳部屋に移動し、アオイとすみはせっせと洗濯物を畳み込み、仕分け作業をしていた。あれは病室に持っていくシーツ、あれは療養中の隊士の衣類、あれは娘たちの着物、といったように蝶屋敷では任務中に怪我をした隊士の治療や稽古も行っている事から人の出入りが多く、故に洗濯の家事のみでも一苦労。すみの倍の速さで家事をこなすアオイは、畳み終えた最後の一枚の手ぬぐいをぼんと叩くとすみに向き直り言った。早口はいつもの彼女の癖だ。

「私これから様子を見てきますので、後はすみに任せます」
「はい、分かりました」
「ありがとう、よろしくね」

早々と出て行くアオイの後姿をすみはなんとなく眺めっぱなしでいた。アオイが主語を遣わずに様子を見てくる、という相手は一人だった。その相手は一人部屋の病室にずっといた。すみ達も花瓶の花を変えるためなどにその病室に訪れた事はあったものの、その数は片手で数えられる程度だ。あの病室に入るとすみはとても緊張した。整った顔をした美人な女性が、まるで人形のようにピクリとも動かず病室の床でずっと眠り続けているからだ。それもすみが蝶屋敷へやってくる前から女性はその病床で眠り続けていた。アオイは眠れる彼女を自身の恩人なのだと言い、全てその病室の管理はアオイが見ていたためあってすみ達は数える位しか彼女の姿を見た事がない、という事だ。真面目で律儀なアオイの性格あって、女性の眠る病室はいつも生き生きした美しい牡丹が花瓶から顔を覗かせていた。







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