報告書

「一体どういう事だ」


煉獄は、父の書庫にて報告書の資料を漁っていた。父が柱を降りてからそっくりそのまま弄られていないといっていい書庫には、現役時の真面目で几帳面な父の性格あって小さな事件の報告書まできちんと日付順に陳列している。関心させられながらも大正元年の、5月付の報告書の帯を見つけて、片っ端から夏目の名を探していた時の事だった。結論から言うと、柚季の名は見つかった。ほんの小さく、書の端の方に名と、一言乗っていただけだった。その柚季の名の横に付け加えられている一言を、煉獄はもう何度も読み直しての冒頭の一言だった。


「夏目柚季、任務先にて重症。昏睡状態により、鬼殺隊脱退…?」


確かに報告書にはそう書かれていた。何度も読み直した。煉獄は混乱し彼女の名前が間違っているのかと一字一句確認するが、本人が言う大正元年、5月という日付も間違いは無いし柚季本人の事が綴られた報告書で間違いなかった。昏睡状態、とは絵画にされた彼女の現状の事を言っているのだろうか。否、そんな筈が無くそれが鬼殺隊に知れ渡っているならお館様が放って置かないだろうし、あんな古小屋に放置などされないだろう。

「昏睡状態、何処かに搬送されたのか」

独り言にしては大きくなってしまっている自身の声にも気が付かず、煉獄は柚季と出会ってこれまでしてきた会話を整理した。彼女は絵画に閉じ込められ、暫く気を失っていた後に目覚めたと会話の中で聞いた。その間、しゃがんで隠れ込んだ場合と同様に、気を失った彼女が絵画としては見えない足元の空間で倒れていたらどうなるだろう。絵画に映るのはきっとあの牡丹の花だけだ。額ごと逆さまにでもしない限り、柚季が閉じ込められたとは誰も気が付かない。

「献花の、女の子」

顎に手をやり必死に柚季の言葉を思い出しながらある過程を推理する。それは現実の出来事にきちんと沿わせ、事実のみを照らし合わせた推測だった。花瓶と花を小屋に持ってきた女の子は、柚季本人があの日相打ちになってまで助けた子だと言った。その子が、小屋まで来たのだ。助かったのだ柚季のお陰でその小さな少女は。きっと、山を下って誰か大人に助けを求めたに違いない。花を持って小屋の中まで入ってこれたのだから、鬼に襲われた日以外にも小屋に入ったのではないか。道を覚えたのではないか。精神を閉じ込められた柚季の、昏睡状態となり小屋に倒れたまま動かない肉体のみを、他の、力のある大人に病院まで運んでもらう為。

「花瓶」

そして煉獄が最も合点がいったのが花瓶だった。普通、死んだ人間に献花を供える時、あんな風な可愛らしい花瓶に活けるだろうかという疑問が元からあった。しかも柚季がオレンジ色が眩しい元気な花だったと言ったのを覚えている。百合や菊を供えるのが一般的だ。煉獄はそこまで考えるとこめかみに汗が伝っていた。そして目を瞑り、柚季に向けられた女の子の言葉は確かこうだったと思い起こした。

「神様、どうか、か。」

報告書に煉獄の、こめかみから伝った汗がとうとうぽたりと落ちてまあるく染みを作る。花を手向けに来た女の子は、天に願うことが有ったのだ。それはきっと、此処まで来るともう成仏うんぬんの願いではない。柚季が意識を取り戻す為の祈りの所作と考えて良い。あの日柚季が意識を手放した小屋に出向き花を添えて天に願うことが、小さな少女のできるたった一つの願掛けだったのだとしたら、どうなるだろう。

不自然に散らばっていたパズルのピースが、綺麗にはまっていくようだった。でもまだ何か、完全には腑に落ちない。何か胸にまだ引っ掛かりがある気がしたが、煉獄は報告書を棚に戻すと自室に走って戻り羽織と刀を持って屋敷を飛び出した。雨が降っているのも構わず傘もささずに、煉獄は屋敷から遠い柚季のいる古小屋を目指す。

柚季の肉体はきっと別なところに在る。彼女の精神が絵画の中にまだ存在しているという事実から推測するに、煉獄と同じ時が流れる現実で柚季が眠り続けているのかもしれない。この世界の何処かで。8年間、目を覚まさない柚季が。








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