初恋心

自室にて任務の報告書を書く煉獄は、何度も脳内で思い出される柚季の、秘密の就任式の際の花嫁のような姿をまた思い出し、溜息を付いて持っていたペンを机に置いた。この間から、ずっとそんな調子で、ふとした瞬間に彼女の顔が浮かんできてしまうである。18の煉獄になら、この感情の理由はとっくに分かっていた。恋心だ。柚季が気になって仕方がなかった。外を歩き花を見れば彼女の事が思い浮かんで、きっとどの花と並んでも美しく映えるんだろうななんて花を背に笑う彼女を想像してしまったし、20代前後の黒髪の女性の後姿が見えれば、彼女が生きていればあんな風な背丈になって街の何処かを歩いていたのかもしれない、なんて考えてしまっていた。煉獄は急に自身の中で大きくなりすぎた彼女の存在に戸惑っていた。

「…、うーん」

ごろんとそのまま畳へと背中を預け寝転んで天井を見た。実際少し怖かった。彼女はこの世に生きていないといっていい、絵画に描かれた少女なのだから。だからこそこのまま彼女にのめり込んでいく自分が怖かったし、実際煉獄は柚季の事を誰にも言えないでいた。

煉獄は手を上げて、天井を背に自身の傷だらけの手を色々な角度から眺めた。この手で触れることさえも許されないのだ、と考えがよぎった所で、煉獄はハッと思考をかき消すように畳から飛び起きた。彼女は、柚季は12歳の少女だ。触れたいなんて欲は、あっちゃいけないだろう。そんな風に思う一方で、否、彼女の実年齢は20なんだという浅はかな反論が浮かんできてこれまた煉獄は盛大に溜息を付いた。

煉獄は机の下についている小さな引き出しを開け、奥を弄る。指先に触れた探し物を引き出しの奥から優しく取り出した。母、煉獄瑠火の形見の髪留めだ。つるりとした鼈甲の髪留めは、煉獄が形見としてずっと持っていたものだ。親指でかたどるように撫でると、やはり浮かぶのは柚季の事だった。彼女は、母の華道教室の生徒だった。この髪留めにも見覚えがあるだろうか。

もし。
もし、彼女があの日の任務から無事に帰ってきていたら。

母の葬式にも出向いてくれただろうか。鬼殺隊として一緒に任務をこなす日があっただろうか。柚季は実力があったから柱としての地位を先に築いて俺を鬼殺隊の後輩として温かく迎えてくれて、任務帰りに一緒に美味しい飯を食べたり、母の思い出話に花を咲かせる一幕が。無事に帰ってきていたら。今自身に絵画から微笑んでくれているように沢山の人に幸せを振りまいていただろうか。きっと、そうなんだろう。そんな風に出会えていたらまた違ったかもしれないのに、と思案するがそれは現に現実では無かった。

「ふっ、浅はかな思考だな」

煉獄は自身のくだらない思考に嫌気がさし、苦笑しながら髪留めを机の奥にしまい込むと報告書を進めようと再度机に向き直った。現実がこうであったからこそ、柚季と出会うことが出来たのだ。これ以上の事は望むまいと、再びペンを取り報告書に向かい合った時だ。やけに紙に書かれた報告、という文字が目に付いた。その横の、日付を記入する欄に視線を移す。

「元年、5月…夏目柚季......」

言い終える間に煉獄は父の書庫を目指し部屋から出ていた。そうだ。なぜ今まで気が付かなかったのだろうと思案した。きっと彼女の殉職報告書が上がっているはずだ。父が柱に就任している時の事だ、きっと書庫に、柚季の名が乗った報告書が在ると思い煉獄は廊下を歩く足を速めた。この時はただ単に柚季が絵画に閉じ込められた日付と、任務内容の詳細が少しでも記載されていたら良いという思いからの行動だった。







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