悪戯心

煉獄屋敷を出てから絵画の少女、柚季がいる小屋を目指し山を登っていた煉獄は、羽織に付く草の種や足に絡むツタなど一切気にならないくらいにはいつ小屋が見えてくるのだろうと目先の事で頭がいっぱいだった。柱就任前から、柚季には己が柱を目指していることを言っていたし、彼女なら幾分かは自身の苦労を分かってくれて、労いの言葉をかけてくれるんではないかという期待からだった。いくら鬼殺隊で辛抱強くやってこようが、煉獄もまだ18歳の少年だった。彼女からなにか一言、欲しかったのである。だからか、小屋が見えてまだ入るのに距離があるというのに、大きな声で柚季の名を呼んでいた。

「柚季!聞いてほし、」

息こそは切らしていないものの、はやる気持ちで入り口のツタの暖簾を掻き分けて中に入った煉獄は、見えた光景に一瞬閉口したが、それが柚季なりの悪戯であると気が付いて近寄った。絵画には柚季の姿がなく、美しい牡丹だけが描かれていた。しゃがみ込んで姿を隠している事を知る前の煉獄なら大層驚いただろうが、今は違う。それに耳を澄ませれば、絵画の中からくすくすと隠しきれていない柚季の笑い声が聞こえていた。

「おい柚季。笑い声が隠せていないようだぞ」

煉獄が牡丹だけが描かれている絵画に向かってそういってみると、次は本当に柚季の笑い声が聞こえなくなった。バレ切っている悪戯を続けてどうするんだ、と煉獄は小さく溜息を付いたが、途端に柚季がその気ならこちらも悪戯し返してやろうかという気になった。絵画の額を触り、裏を控えめにめくって壁に吊っている為の紐を探した。柚季が絵画の中に戻ってきたとき、部屋の景色が反転していたらどんな反応をするのか。煉獄の珍しい悪戯心だった。紐を吊られている杭から外し、額の天と地を入れ替え回した、その時だった。

「え、うわあっ!」

なんと、絵画の中にも天と地の概念が存在していたのである。絵の中で逆さまになった柚季が、上からどさりと落ちてきて、絵の中で頭を打った。それに彼女が来ていた白の着物がめくれ上がり、白い太腿が露になる。煉獄は想定外の事にぎょっと目を見開いて、無意識に彼女の綺麗な太腿に目が行った。少女に対しこんな不祥事を犯してしまった事でパニックになった煉獄は、柚季が落ちてきて頭を打っているのにも関わらず、絵画をぐるりと元の状態にひっくり返した。案の定、また柚季が重力に伴い絵画の見えない、下の空間へと落ちて尻餅をついた音がした。よくよく考えてみれば分かりそうなことだが急な悪戯心でやってしまった軽率な行動に煉獄は自分が怖くなって額をきちんと壁にかけてからそっと手を離し、数歩下がって距離をとった。ばくばくと心臓の脈が速くなっているのは、柚季の真っ白な肌を見てしまった事もあるだろう。

「………す、すまない」
「ったぁ〜…あはは!絵、逆さまにすると自分もひっくり返っちゃうなんて、知らなかったぁー!!」
「……」

怒鳴られるだろうなと覚悟をして姿勢を正していた煉獄だったが、立ち上がって出てきた柚季は大層面白そうに目に涙を溜めながら笑っていた。お陰で肩の力がすうっと抜け落ちた煉獄を柚季の涙目がとらえると、それもまた彼女のツボに入ったらしく、暫くお腹を抱えて笑っていた。

「はあ、もう。こんなに笑ったのいつぶりかな?」
「…御免。まさか君が頭から落ちてくるとは思わなくてだな」
「ふふ、でも杏寿郎君2回ひっくり返したよね。痛みは感じないけど、痛かった〜」
「…………」
「あは、別に怒ってないってば。姿勢正すの面白いからやめて!」

まるで説教待ちの子供のように煉獄が姿勢よく立ち申し訳なさそうな顔をするから、柚季はまた笑いだしそうだった。目の端にたまった涙を指で拭っていると先程小屋に入ってくる前から聞こえた煉獄の自分を呼んだ声を思い出した。

「ああ、そういえば杏寿郎君、何か言いたいことでもあったの?慌てて小屋へ来たから」
「む!そうだ!!」

柚季の言葉でやっと煉獄は伝えたいことが有ったのだ!と表情を一変させると下がって開いていた距離を一歩だけ近寄って、一つ息を吐いた後に言った。

「柱に就任したんだ。柚季に伝えたくて急いで来たさ。」
「ええ!!つ、ついに炎柱!?杏寿郎君!」
「ああ!父上は、喜んではくれなかったがな」
「……」

柚季は祝福事なのに眉を下げて無理矢理笑みを作る煉獄に非常にもやもやした気持ちになった。お父さんが昔と随分変わってしまったのは聞いていたが、柱就任くらい祝福してあげるべきでは、というのが柚季の本音だが煉獄のお父さんにも柱をやった経験がある事から、何か私たちには分からない思う所が在るのかもしれなかった。現に柱になれば十二鬼月とだって戦う機会が来るかもしれない。命の危険だって増えるのだ。それでも、煉獄の表情を見てしまったのだから私は出来る限り祝福してあげようと、柚季は思った。







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