六月の心雨拵して






冨岡義勇、彼は言葉数が極端に少なかった。下手をすると主語が削られている時だって有る。今こうして、任務後錆れた小さな小屋で雨宿りをする事になったのも彼の意向だけど、雨が降り始めて雨宿りをしようと決まり、小屋を見つけて入るまで、冨岡さんは一言も私と会話をしなかった。だから私が冨岡さんに勝手に付いて行ったみたいになってるが、それは違う。私と冨岡さんが二人一緒の時はそういう決まりだった。雨が降ればどこか屋根がある所を見つけて二人、雨が上がるまでそこで待つ。というきまりだ。

初めてこのような状況になった時は、私だってすたすたと帰り道ではない方角を歩き、空から降る水を遮る場所をさっさと見つけてうずくまる冨岡さんを見て勝手に水柱なのに水が苦手なんだなあと思い込み、「じゃあ私は先に帰りますね」なんて言って冨岡さんを置いて行こうとした事もあった。そこでやっと冨岡さんは口を開いて、「雨が止むまでここに居ろ」なんて言葉を掛けてくれたものだから大層驚いた。それよりも最も驚いたのが、冨岡さんが雨宿りをするのは私との任務中にだけだと思われる話を、炎柱の煉獄杏寿郎さんから聞いた時だ。「この間の大雨の日、水柱と任務だったのだが大層濡れて帰ってきた。風邪を引くところだったな!」と笑って話す煉獄さんの言葉にはとっても驚いた。そのせいで何度も雨宿りはしなかったんですか?と確認してしまって最終的には変な目で見られるという落ち付きだ。ともかく、そういうきまりなのだ。雨が降ると。六月に入り、梅雨の時期真っ盛りで最近の天気はずっと雨で、だから私たちの決まりを実行する日も最近は多かった。とはいっても、私は冨岡さんの後ろをくっ付き歩き彼が探してくれた場に二人並んで雨が上がるのを待つだけなのだが。

だから今こうして錆れた小さな小屋で雨宿りをしているのも、私たちなら当然になりつつある行動だった。

「こうも毎日降られると、気持ちが下がりますねえ」

雨粒が小屋を打ち付ける音だけが響いている。冨岡は返事をしない代わりに、なまえの横に並ぶようにして腰を下ろした。今日は任務開始時から小雨が続いていたため、隊服まで濡れてしまっている。隊服の上を脱ぎ、シャツになってみると、意外と外気が寒く、体がふるりと震えた。こうやって二人でいるが会話は基本無く、お互いに自由に過ごしている。(考え事をしたり、持ってきたお弁当を食べたり、時には読書だってする)今日は生憎暇をつぶせるものは待ってきていないので、時の流れに身を任せることにした。背中を壁に預けて寄り掛かる。雨の音を暫く素直に聞いていた。今日は結構な大雨で、こんな雨じゃ中々止まないだろうなあなんて、思案していた。そう。中々に止みそうの無い雨だったのだ。そこでおや、となまえは考えた。雨が止まなかったら冨岡さんはどうするつもりなんだろうと。今までの雨宿りをふっと簡単に思い出す。なんと、結構数時間たてば雨が上がっていたのだ今までは(普通に奇跡だ。数時間休憩したら濡れずに帰れていたのだから)。まあそれはひとまず置いといて、今日の雨は流石にすぐには止みそうもない勢いだったし、なんせこんな思考に至るのだから、きっと雨が長引くんだとなまえの勘が言っていた。

壁にもたれかかったまま、なまえは横の冨岡の顔を横目で盗み見た。彼はいつものように無表情で、頬が湿気でしっとりと濡れていた。相変わらずな冨岡になまえが言う。今度は返事が欲しいので、疑問形にしてみた。

「冨岡さん…雨、止みそうにないですね?」
「俺は好きだ」
「はい?」

質問をしてみたはいいが関係なさそうな返事が返ってきて疑問符を浮かべるなまえに、冨岡が視線を寄こしながら「雨が」と付け足した。そこでやっと、一個前のなまえの言葉に返したのだと理解する。なんせ彼は言葉数が少ない。というか冨岡が雨が好きだという事実に、なまえは目を軽く数回瞬きさせた。

「へえ。冨岡さんって、雨好きなんですね。意外。雨の何が好きなんですか?音?匂い?」
「雨宿り」
「え?」
「なまえと雨宿り」
「、..........」

そのまま視線をなまえから外し正面を向いた冨岡に、なまえは動揺しながらも、しのぶの言葉がフラッシュバックした。「冨岡さん、なまえさんの事が好きなんですよ。見ていれば分かります。分からないなまえも鈍臭いですが…とにかく、冨岡さんも男性なんですからあまり彼を過信しすぎて近寄っては駄目ですよ。良いですね?」これは、冨岡に秘かに想いを寄せているなまえの相談相手になったしのぶの言葉だ。冨岡さんもなまえの事が好き。しのぶの揶揄いだと思っていたが違ったらしい。なまえは嬉しくなって、でもあまりはしゃいだ様子を見せるのも駄目だろうと思い、冨岡の肩に頭を預けてみた。ちょっと急に大胆な行動だったかもしれないが、拒絶するような動作もなく、安堵する。彼との距離が縮まりきったせいで、呼吸の音が聞こえた。

「、有難うございます。冨岡さん。私も、好きなんです。この時間と…貴方が」

言ったなまえの顔は赤くなっていたに違いないが、鼓動は意外とゆっくりと、安心したように脈打っていた。彼は私と雨宿りする時間を楽しんでくれていたのだ。そんな事を考えながら、頬のあたりから伝わる冨岡の肩の体温を感じて幸せに浸る。そんな風にしていると、次は冨岡が肩に乗るなまえの頭に自身の頬を軽く寄せた。彼なりの返事になまえは微笑む。冨岡さんの肩と頬に板挟み。こんな幸せな雨宿りの仕方が他に有るだろうか。なまえはゆっくりと目を瞑った。もう、雨が何時止むのかなんてどうでも良い。ああ、しのぶさんには彼が結構優しい男だという事を、帰ったらきちんと報告しておこう。





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