蛍の緑に君の桃色






錆兎は私のする事に良く口を挟む。特にそれは鬼殺隊に入隊してから頻度を増し、段々と増えている。言ってしまえば、過保護なのだ彼は。こちらもそう感じざるを得ない場面が何度もあった。例えば、男性の隊士と遠い地に任務に行けば藤の屋敷に寝泊まりせずに帰って来いと言うし(無理な話だ!だけどクタクタで倒れそうになりながらも、3徹して帰ってきた私は凄く偉い)休日にめかし込んで出かければ護衛のように付いてくる(買い物に出かけるだけなのに!私自身、護身術身に着けまくっていますけど)。この間なんて義勇との任務の行きに錆兎に会って、その時珍しく真菰に貰った紅を引いていただけでどうして任務に化粧が必要なんだ等々詰問を食らった。

だけど私自身、もう立派な大人だ。錆兎が何故私に対して過保護に口を挟むのか位は理解している。幼き頃から共にここまでやってきた妹分が可愛くて仕方がないのだ。だからどこぞの男と二人で宿泊なんてさせたくないし(錆兎が信用していないのはきっと相手の男性隊士の方だ)、綺麗な格好で表へ出れば変な虫が寄り付かないようにと心配にもなるし(まあ実際一人で歩くと声を掛けられる事が有るから助かってはいる。但し助かるのはこの件でだけ)、余計な私事を挟み浮かれたままで任務に出向くことを許さない。だからって、だからって!だ。言ったように私は十分大人になった。自分の身はもう自分で守れるし化粧だって私の自由。錆兎にあーだこーだお説教を食らう筋合いは、これっぽっちだって無い。私が妹分として可愛いのは充分分かるけど、もしそうなら錆兎は少し妹離れするべきだ。



そして今、現在。日が沈んだ頃。同じ屋敷に住んでいるなまえと錆兎の部屋は隣り合っている。いつもより少し大きく声を出せば隣のお互いの部屋に声が届くのを知っていて、自室で隊服に着替えるなまえに向けられた錆兎の呼ぶ声が壁越しに聞こえた。丁度着替えが済んだなまえは自身の格好を姿鏡で確認した後に部屋の提灯の明かりを消し、一度廊下に出て錆兎の部屋の障子を開けた。そこでまた事件、というか…錆兎の過保護お説教タイムが始まってしまったのだ。


「お前…どうしたその隊服」
「スカートに替えてみた。夏だから涼し気で良いかなと思って」
「駄目だ。着替えて来い」
「えっ?なんで」
「そもそも、通気性が良いんだからいつものだって涼しいだろ」
「………」.
「いいから早く着替えろ」
「真菰だって常時スカートじゃん」
「今真菰は関係無い。なまえが涼しい方が良いって言うから、俺は隊服の機能性を考慮して何方も変わらないから着替えて来いと言ったんだ」
「変わらないなら良いじゃんコレで」
「駄目だ。大体、足を斬られでもしてみろ。防ぐものが無いんだから大事になるぞ」
「私そんなヘマしないし、大きな傷付けて帰ってきた事無いもん」
「それは鬼が弱いだけだ。鬼舞辻直属の鬼と出くわしたらどうする気だ?」
「十二鬼月の攻撃はどんな隊服だって破れますー」
「うるさい。黙って着替えて来い」
「は!煩いって言ったこの人」
「いい加減にしろ、もうすぐ義勇が来るんだ」
「ほんっと、過保護」
「何?」
「過保護も度を越して面倒臭い!」

なまえは錆兎の部屋の障子に手を掛けたまま、滅茶苦茶に苛々していた。涼しい顔をしてなまえがミニスカートの隊服を着ていく事を許さず、挙句にはそっぽを向いてしまって表情が分からない。怒りをぶつける行き場を失ったなまえは、錆兎の部屋の障子に人差し指の爪を突き立て、ぷすりと穴をあけた。同時に錆兎が障子を張り替える姿が脳裏に浮かび、ザマアミロと怒りが少し和らいだ。貫通したままの指をぐにぐにと四方八方に動かし、穴を広げる。暫くそうしていた。もうめっきり障子の穴を綺麗に拡大させることに注意が移ってしまっていたなまえの鼓膜に錆兎の幾分か低く落ち着いた声色が届きぞっと背中を冷やす。幸い名前を呼ばれただけでなまえの悪戯には気が付いていないようだったから大きく空いた穴を隠すように立って錆兎の方へと向き直った。

「な、なんでしょうか」
「なまえ、ここに座れ」

再び錆兎の声を聞いたなまえはハッと息を飲んだ。なんと彼も怒っていたのだ。眉間に皺を寄せきりっとお怒りの表情のまま、ぴしりと自身の前の畳に指を差す。

「早く、座れ」

提灯の光の当たり具合で錆兎の顔に影が出来ていてそれが怖さに拍車をかけた。なまえは無言で頷き額を冷や汗で濡らしながら錆兎の指差した場へと座る。そうするとめっぽう大きなため息が聞こえた。なまえでは無いから錆兎の溜息だ。なまえは錆兎の圧で彼の顔を近くで直視できない為に下を向き、自身のスカートから出た太腿をじっと見ていた。あのなあ、と錆兎の声が正面から聞こえ、なまえは小さく返事をする。

「なまえ、お前は鬼の首を狙う時どんな体勢を取るか理解しているのか」
「…?」
「踏み込んで、高く飛んで鬼の頭上から斬りに掛かるんだ」
「…う、うん?」
「お前がそんな恰好をすると見える」
「え」
「見えるんだ、その短い隊服だと」

なまえがやっと視線を上げると、錆兎のぎらりとした眼光がなまえの視線と交わった。眉間にあった皺はなくなっていて、真剣な眼差しへと変わっている錆兎になまえは驚いてドキリと心臓が鳴った。途端に、部屋の明かりが消えて、煙の微かな匂いが部屋を漂う。急に視界が真っ暗になったが漂う匂いに、なまえは提灯の蝋が切れ明かりが消えたのだと悟った。まだ目が暗闇に慣れない中、服が擦れる音が聞こえた。錆兎だ。

「ねえ、錆兎、何も見えない」
「何も分かっていないんだ、なまえは」
「え?」
「危機感がなってない」
「っ…!」


束の間、なまえは自身の膝に触れたぬるい人肌の感覚にびくりと体を揺らして驚いた。急な事に固まっているなまえの膝を、錆兎の手の平が滑るように移動して、太腿に移動する。錆兎の足を這っていない片手がなまえのすぐ横についたような気配がして、錆兎が迫ってきているのだとなまえは後ろに片手をついて仰け反るような体制を取った。故に正座が崩れて、それを良い事に錆兎の手がするするとスカートの際ギリギリを撫でた。体が擽ったさと羞恥心で跳ねる。まだ目が暗闇に順応した訳ではないのに、錆兎の顔が自身のすぐ近くまで迫っている事が分かりなまえは息を飲んだ。…なんだというんだ一体。訳が分からず思考しようとするにも限度が超えて、結局頭が真っ白ななまえは目の端でやっと光を捉えた。それはなんと緑の光で、ふわふわと小さく光るそれは錆兎の背から控えめに近づいてきている。この状況に頭がおかしくなってしまったかと自身を疑ったなまえだが、よく見たらそれは、蛍の発する光の玉だ。

「なあ」

注意が散漫した様子のなまえの顎を、錆兎は掴み再び自身に集中させる。また驚きびくりと反応したなまえに、錆兎は暗さで表情が見えない状況で良かったなんて心情で、言った。


「お前は可愛いんだ。自覚しろ」
「え、」
「他の隊員に色目で見られるのは、…俺は嫌なんだ」
「あ…う、ん」

錆兎が言いきった所でなまえの返事が気の抜けたものになってしまった理由は、ふわふわ近付いて来ていた一匹の蛍が、お前は可愛いなんて爆弾発言をした錆兎の表情を上手く光で照らしたからだった。なんとあの錆兎が頬を桃色に染めてなまえと向き合っていた。そんな彼の真剣で気恥ずかしそうな、切羽詰まった表情は見た事が無かったし、やっとそこで錆兎が何故自分に対してこんなにも過保護なのかという理由が、妹分という立場だからではないと知り、なまえも遅れて顔に熱がやってきた。彼は、錆兎は。私を想っているのだ。段々と今までの錆兎の行動がなまえを好いているからこその健気な行動だったのかと思うと、なんとも胸が擽ったくて堪らなくなった。ぼおっと蛍の光に照らされている宍色の髪と、整った顔を見つめていると錆兎はその光に気が付いたようで自身の表情が照らされ露になっていた事への羞恥心から、なまえから手を離し宙をゆっくり舞う蛍から距離を取った。

「な、なんで蛍が…」
「…うん」
「どこから入った?あっ!」
「…」
「お前…障子に穴開けただろ」
「……うん」

何てことしてくれたんだ、張り替えたばかりなんだ、と怒る錆兎を暗闇に順応し始めた目で眺めつつなまえは適当に返事をした。勿論一緒に住んでいるのだから障子を張り替えたばかりだなんて事は知っていたし、なまえの部屋の障子だって同じタイミングで一緒に仲良く張り替えたんだから新しい。だが今なまえは障子の話なんてどうでもよかった。脳内で錆兎の言った言葉を思い出していた。先程の甘い雰囲気は一切感じられなくなった錆兎は、聞いているか?なんて言っているが、なまえはドキドキと高鳴る心臓の鼓動を感じながら、幾分か格好の良さが増した気がする錆兎にぽつりと言った。

「…なんか、もう今日は任務に行きたくない気分。ね、錆兎」

錆兎はなまえの言葉に小さく唸って頬をまた染め、それを隠す為に俯いた。別になまえも、本気で言った訳じゃない。今宵も鬼殺隊として鬼を狩るのだ。もうじき、屋敷に義勇が来る。その前になまえは早々に着替えなければ、と畳に手を付き立ち上がった。







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