髪は乙女の命な故






しとしと。と控えめに降る雨の夜中。六月に入り梅雨真っ最中だ。毎日のように降る雨でぬかるんだ林道をぺしゃぺしゃと足音が二つ。風柱、不死川実弥となまえであった。なまえは傘を差しているものの、全身水浸しで髪の房から水滴が滴っていた。不死川はというと、最初から任務時に傘など差す性分では無い為、なまえ程ではないがしっとり濡れていた。なんせ、雨は控えめに降っているのである。

「あーあ!!だから実弥さんとの任務は嫌なんです!これだから!」
「お前はグチグチうるせェなァ」

なまえは傘を差している手の隊服の袖を片手できゅっと握るようにして絞った。ぼたぼたと含んだ水分が落ちていく。本当に最悪だ、と隣少し前をズンズン歩く不死川を目の端で捉えつつはあっとわざとらしい溜息を付いた。それに不死川が気付きチッと舌を打ちながら睨みつけてきたもんだから少し怖かったが、また苛々した。理由はこうだ。不死川と雨の日に組むと、しとしと控えめの小雨だろうが、彼の風の呼吸により台風豪雨と化すのであった。不死川本人は良い、自分は風の影響をあまり受けないのだから。だか一緒になって鬼に斬りかかると、どうしてもなまえは思い切り彼の風を浴びるのだ。それと雨が相まって、小規模台風が起きる。なまえの髪が乱れきっているのも、それのせいだった。

「大体、私が鬼に斬りかかっている時に後ろから風の呼吸の大技出してくるの何なんですか、嫌がらせですか!途中から鬼狩りじゃなくて実弥さんに気を取られてしまっています!いつも!」
「ほーお、鬼狩りの最中に俺の事を考えられるようになったなんて、お前も成長したもんだなァなまえ。」
「俺って!実弥さんの“技”に気を取られたって話ですからね!」
「任務中に色恋たァ良い度胸。お館様にチクっとくか」
「だっ…どこをどうしたらそうなるんですか!!」

なまえは声を荒げて不死川に言うが、彼は両の手を上げてやれやれとかぶりをふっただけだった。彼女を苛々させるためにわざとやっているだろうそれをなまえは深い深呼吸をひとつして受け流す。彼の言葉を全て真に受けていたらやってられない。そんな風に思いながら、なんとなしに水分でべっとり張り付く隊服の胸元に目をやりなまえはぎょっとした。急いで自身の羽織で胸元を隠す。隊服が張り付いて下着のレースの柄が浮き出ていたからである。雨の日、そして不死川と組む日はもっとシンプルな下着にしないとレースが浮き出る、という新しい教訓を得た瞬間だった。ちらりと視線を上げて不死川の背中を見やれば彼はタイミング悪くもこちらを向いていて、ニヤニヤ笑んでいるのであった。

「誰もお前の下着の柄が浮いてるのなんて興味ねェよ」
「うるさいですね!っていうか分かっていたなら言ってくださいよ!!」
「あ?どうせ指摘したところで変態呼ばわりすんだろうが」
「うわぁー…そうやってこっそり見ていたわけですね!このむっつり」
「だから興奮しねェつってんだろ。黒の隊服は透けねーからなァ」
「…いや、透けたら良いんですか?最低ですね」

不死川の言葉に軽蔑するような視線を彼の背中に送ったなまえだったが、不死川もやはり男で、そういう事に興味があるのかあと内心ドキドキしていた。そうとなれば恋柱である甘露寺さんの同性から見ても刺激の強すぎる胸元は、どんな風に見られてしまっているのだろうか…と心配事もよぎった。

「甘露寺のは、隠す気がないから全く興奮しねェな。逆に無い」
「…へえ」

脳内で考えていたことをズバリ読まれて返されたものだからなまえは一瞬止まったが彼がなまえの思考を読んでくるのはたまにある事だからあまり驚かない。それよりも不死川のエロい基準が全く分からないなあと思案した。甘露寺さんの胸元にはいつだって他隊士の熱い視線が注がれているぞ。でも、実弥さんにとっては例外らしい。うーむ、分からん。そんな風に目の前の男が分からなくなってきたところで冷たい風が肌を掠め、ぶるりと体が震えた。鬼殺隊の隊服は通気性が良いから冷えた体を更に冷たくさせた。思わず片手で自身を包み込むようにする。差している傘もこんな風に濡れていては意味が無さそうだが、もう少しでがちがちと寒さで歯が鳴りそうだったなまえの僅かな抵抗だった。

「ううぅ、寒い」
「軟弱だなァ」
「...実弥さんこそ、よくそんな前開けて、寒くないんですか?」
「俺はお前と違って鍛えてるからな」
「…どうやって鍛えたら寒さ克服できるっていうんですか」
「……」
「ちょっと聞いてます?」
「…山下りも此処までだ、明かりが見える」
「え?ほ、本当ですか!」

なまえは言われて彼の背中であまり見えなかった道の先を、覗き込むようにして見やった。林道はすぐそこで終わっていて、ずっと先の方に村の明かりが見えた。ほっと安堵し息が漏れる。なまえは真っ先にそこの藤の屋敷でお風呂を貸してもらおうと思った。服が体に張り付いて気持ちが悪い、びしょ濡れの状態を早くどうにかしたかった気持ちから急ぎましょう、と不死川の事を小走りで追い越した。その後すぐだ。なまえが丁度長かった林道を歩き終え、村に続く一本道に差し掛かった所で月の光に照らされた。不死川からは暗い林道ではあまり分からなかったが髪が乱れていて、濡れて束になった前髪がぺちゃんと潰れて目を覆っている。その様子を見た不死川はなまえを指差しながら、からかうように言った。

「ははは。おい、幽霊みたいだぜその髪ィ」
「え!」

その言葉にオーバーなリアクションを取り、下着の件より恥ずかしかったのかのようになまえは騒ぎだすと不死川に顔が見えないように傘を前のめりに倒し急に髪を整えだした。一番恥ずかしがるポイント、そこなのかよ、と不死川が思っていた矢先、なまえが数歩自分に近寄り、顔を隠していた傘を上げた。

「こ、これで大丈夫ですかね」
「…、」

傘を上げた瞬間見えたなまえの姿に不死川は絶句した。前髪をかき上げまるい形のいい額を出し、濡れた髪の束が頬に張り付いたまま眉を下げて身長の差故にこちらを上目遣いで見上げ、さらには先程まで寒さで青白かった頬が恥じらいで桃色に染まっていたからだった。不死川の心臓がドキリと跳ね、固まる。可愛かったのだ。可愛いと思ってしまった。あのさっきまで煩く騒いでいたなまえが。何も言葉を発さず黙り込む不死川になまえは不振がってもっと眉を下げ、彼の顔を覗き込んだ。

「…聞いてますか実弥さん?」
「……」
「私、髪が乱れてるのだけは、本当に恥ずかしいんです。大丈夫そうですか?もう幽霊に見えませんか?」
「……お前、今のその顔、」
「え?」
「めちゃくちゃエロい。そそる」
「…………は?」

だが可愛いと素直に言うのは気が引けた不死川は、少し、いやだいぶ下品な言葉に変換し言った。お前、そんな顔出来たんだなと不死川が言い終わる前に耳まで真っ赤になったなまえのビンタが飛んでくる。まあ彼は、そんなもの上手くかわすのだが。一方恥ずかしさで死にそうになっていたなまえは、不死川を怒り追いかけながら、やっぱりこの人のエロいの基準が分からない、と心底呆れ果てた。




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