午後二時の遊び方






なまえは、両の手で持つ桶の氷水の中に浮かぶ、沢山の紅色の丸を嬉しそうに見やりながら廊下を歩いた。歩くたびに氷水が揺れ桶にあたってカラカラと涼し気な音を立てていた。歩き、煉獄の部屋の前で足を止める。六月になり湿気が多く蒸すから、戸は開けっ放しにされていてかわりに部屋の入り口には長めののれんが掛かっていた。煉獄の部屋の窓からこの入り口が風の通り道になっており、のれんがゆらゆらと風に踊り、垣間見える部屋の中奥には入り口に背を向けて机で書き物をする煉獄の背中があった。なまえは桶の中の果物と煉獄の大きな背中を交互に見てから、特に一声も掛けずのれんを潜った。

「ねえねえ、煉獄。ちょっと休憩にしようよ。」
「む、…もう2時か。」
「ふふ、いいもの持ってきた」
「んん?」

煉獄は部屋に掛かっている時計にちらりと視線をやってから一度軽く背伸びをした。ぐいっと後ろに仰け反るから、綺麗な金色の髪が肩からふわりと背中へ落ちる。昨夜の報告書でも書いていたんだろう。なまえは桶の中身が見えるように座っている煉獄に対して膝を曲げて、桶を煉獄の前へ軽く出した。氷がからりと音を立てる。中を覗き込むようにして煉獄が見れば、そこには沢山の、氷水に浸かった紅色の果物があった。桶から視線を外しなまえを見る。彼女も自身と同じように口元に笑みを浮かべていた。

「さくらんぼか、旨そうだ」
「蜜璃ちゃんが送ってくれたんだよ。彼女からの贈り物だから絶品間違いなし、だね」
「君たちの話題には食い物の話しか出てこないな」
「…それ、煉獄が言う?」

煉獄がからかうように笑いを含んだ声色で言うから、なまえは呆れた様子で反論した。言ってる間にも彼が机の上に散らばった書類を片隅に纏め、空いた隣をぽんと叩く。隣に来ていいという合図だ。スペースのできた机に桶を置き、種とヘタを包む用のちり紙をポケットから出して桶の隣へ置いた。煉獄の隣へ膝を曲げて座る。途端に良く風を感じるようになり自身の髪がさらさらと揺れた。ここは入り口と窓の間だから、風の通りが良いらしい。

「いただきまあす」

揺れる氷水の中から、キンキンに冷えたさくらんぼの緑のヘタをつまみ持ち上げた。ピンと張った紅色の表面は、光を反射しつやつやと輝いている。思わず目が輝きわあ、と歓喜の声が漏れた。そんななまえの子供っぽい一面を隣で見ていた煉獄はくすりと笑う。そのまま自身の口の中へさくらんぼを運ぼうとしていたなまえだが、なんだか煉獄の視線が刺さっている気がしたので持った手の行く先を変更した。隣の煉獄の口の前へ。

「どうぞ。」
「…可愛いななまえは」
「え!?な、何いきなり」
「いいや、見ていて思っただけだ」
「は、早くあーんして」

なのにいきなり煉獄が変なことを言ってくるものだから、さっきの視線はそういう風に思われながら見られていたのかと恥ずかしくなり顔が赤くなった。それを隠すように煉獄の口にさくらんぼを押し付ける。口が控えめに開きぱくりと、紅色が消えていった。追いかけるようにしてなまえも桶の中からさくらんぼをひとつ、ヘタをつまんで口の中へ入れた。噛むとぷちっと皮が弾け、控えめな酸味とふわりと柔らかな甘い香りが鼻を抜けた。美味しい。とっても美味しい。最高。顔を綻ばせながら手に残った緑色のヘタを指先でくるくると弄んだ。長いヘタだなーなんて、頭の隅で考えながら。そこでなまえはふと、この間の天元との会話がフラッシュバックした。さくらんぼのヘタを口の中で結べる人はキスがうまい。そんな話だった気がする。なまえは自身の手にある長めのヘタと、隣で10個目のさくらんぼに手を伸ばす煉獄をちらりと横目で見た。いやいや、迷信だろうそんなもの。種とヘタをちり紙で包みなまえが再び桶に手を伸ばし、2つ目と口に入れた時だった。煉獄が何か思い出したように、そういえば、と切り出した。

「ヘタを口内で結べれば口付けが上手いと、宇随が言っていたな。なまえ」
「げほっ」

なまえは自身と同じ思考にたどり着いた煉獄の発言に咽た。そうだ、あの会話の場には煉獄も居たのだ。そんな天元のふざけた話を真に受けて聞いていた煉獄にも驚いた。あの場では興味無さそうにしていなかっただろうか。胸に手を当て軽く咳込みながら、煉獄を恐る恐る見やると、彼の口の中に緑色が消えていくのが見えた。いややるのか。もごもごと動く煉獄の横顔の、頬っぺたを見ながら眉間に軽く皺を寄せた。好きな人の、こういった場面をどういった心境で見守ればいいのか分からなくなったなまえは、ただほんのりと頬を赤くしながら見つめるしかなかった。暫く間を置いたあと、う。と煉獄がなまえに向かって舌を出す。その表情は自信ありげだ。なまえは驚いた。彼の舌に乗ったさくらんぼのヘタには、器用な事に一結びが、つらなって2つも出来ていたからだ。

「ええ!二回結んだの!?」
「なんだ、案外簡単なものだった」

結ばれたヘタを煉獄はつまんで余裕だったと眺めている。最初は驚いたものの、なまえは煉獄が余りにも簡単そうにそれをこなして見せるから、挑戦してみたくなった。自身の持っていたヘタを口の中へ放り込む。それを見ていた煉獄が横目でにやにや笑っているが気にしない。まずは輪っかを作ろうとヘタの形を変える為舌を右往左往させてみるが、一向に輪っかになりそうな気配はない。煉獄に出来て自分に出来ないのは、癪に障った。苛々してヘタを口内で追いかけると、口の端からぴょこんとヘタの端が飛び出してしまった。

「あえ?」
「ハハ、君は下手だな」
「…なんなの、もう」

まるでこれで自分が、キスが下手だという風に認定印を押された気がして(しかも、煉獄に)なまえは早速このお遊びに乗ったことに後悔していた。一人でこっそりとやればよかった。煉獄に笑われ羞恥心が込み上げてきたなまえは口からヘタを取り出し、案の定むすっと不貞腐れた。煉獄が一本のヘタで一結びを2回出来た事にも若干ムカついている。やはりこの人に何かさせると、大抵上手くこなしてしまうのである。なまえは頬をむっとさせながら結べなかったヘタをちり紙の上に置こうと手を動かした。その時。煉獄の手がなまえの持つヘタを横から奪い攫って行った。それは今さっき自身の口の中に入っていたやつだぞ、と驚き煉獄を見やると彼はなまえの方へ正面を向くようにいつの間にか座り直しているではないか。大きな目がきらりと光る。何だか嫌な予感がした。


「...なに?」
「一人では行えない行為なのだから、良し悪しは相手に判断して貰う事だろう?」
「…えっと、はあ、?」
「口付けの話だ。」
「……」
「だがなまえ、君は今し方このさくらんぼのヘタを結べなかった事から、口付けが下手だという結論が出たが。」
「…そんなのただの迷信だよ、根拠が無いし」
「むう。ではなまえの言う、根拠を交えて俺が結び方を教えてやろう」
「ん、っ」

煉獄の持っていたヘタがまたしてもなまえの口内に入り込み、驚き軽く仰け反ると煉獄の大きな手がうなじら辺から、後頭部に入り込み押さえつけられた。そのままぐいっと引き寄せられ、顔が近くなる。咄嗟に目を閉じた。すると遅れてふにっと柔らかな感触が唇に乗る。そのまま煉獄の舌が自身の唇を割って入り込み、口内のさくらんぼのヘタに行き着いた。舌先を使って上手く輪っかが作られたが人の口内で結ぶのは難しいらしく、輪っかにヘタの端が通りそうなもう少しの所で、ばらりと解けてしまった。なまえが息苦しくなり身じろぎを取ったせいだ。仕切り直すように煉獄の、後頭部を支える手がなまえの髪をくしゃりと撫で込む。ぞわぞわと首元が擽ったくなった。同時に息継ぎが上手くできずに小さく声が漏れる。一方で煉獄はなまえの艶めかしい吐息に混ざった声を聞いて、微かに目を開けた。ぎゅっときつく瞑られた瞼の下の睫毛は微かに震えていて、その下の頬は紅色に真っ赤に染まっていた。なまえの可愛らしい様子にさくらんぼのヘタが急に煩わしくなった煉獄は、二人のくっ付いた口の端からヘタを口外へ追いやった。ぽとりと小さく、ヘタが畳に落ちた音と、煉獄がなまえを優しく押し倒す際の、衣服の擦れる音が部屋に響いた。







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