なんだ、これは。
今宵も今宵とて、我ながら物騒な仕事にはげみ、上手いこと標的を誘い出し、俺の庭のようなものである古いビル街の路地裏に追い詰めたと思ったのだが、そこには標的の他に、先客がいた。

始末するべきターゲットとされてしまった哀れなあの男は、行き止まりになっている汚れた壁にへなへなと凭れている。腰が抜けたらしい。俺が懐から取り出した得物と、先客の風貌を見ては無理もない。


先客、そいつはこんな薄汚れた路地に一人、うつ伏せになってぶっ倒れている。
男か。やたらと明るい金髪と、今時の若者らしい服装。顔は見えないが、こういった人種の知り合いはいた覚えが無い。

「ただの酔っ払いが眠っている」のならば面倒なことになりかねないのだが、ただの酔っ払いは腹を中心に赤黒く生臭い液体を壁や地面に飛び散らせたりなどはしない。
そう。そういった意味を込めての「先客」なのだ。

血溜まりの中でぴくりとも動かないところを見るに、どうやら既に仏さんになっているようで。まだ若いだろうにと飽くまで他人事のように憐れみつつ、それの横をすり抜けて歩を進める。


「く、来るな!!来るなあっ!!!」


目の前の男は、完全に錯乱している。
唾を撒き散らし、恐怖に慄くぎらついた目をしながら威嚇するように叫ぶ。
冗談のようにがたがたと震えている手の先には、最後の頼みの綱なのだろう。月明かりに照らされて光る、恐らくまともに握ったことなど無さそうな拳銃が一つ。
この様子ならば間違いなく、狙い通りの部位に当てられたりなどしない。興奮して気づいていないようだが、銃口はあさっての方向を向いている。
申し訳無いのだがこちらも仕事なので、躊躇うことなく構えた得物で男を撃った。


闇夜に響く銃声、ふたつ。





残念ながら、男は狙い通り死んだ。残念ながら。
ただ、俺に撃ち殺されるのとほぼ同じタイミングで撃ち出した奴の弾丸が右肩を少し掠めたらしい。
掠ったとはいっても実弾に違いは無い。肩からはだらだらと血が垂れ、右腕は途端に真っ赤になった。

頭を撃たれ、一瞬にしてあの世行きになった男の死体確認を済ませ、一応後始末をしてやらねばと、この男よりも先にくたばっていた先客に歩み寄る。


「……?!」


差し伸べるような形になった右手が、死んでいたはずの男にがちりと掴まれる。


「…は……」


何をするかと思えば死体だったはずのそれは呻きながら、握りしめた俺の右手に舌を伸ばしているではないか。
指先まで流れ出てきた血が、このわけの分からない若者の舌に吸い込まれていく。振り解こうとしたが、こいつの力は存外に強く、腕はぎりぎりと締め上げられるばかり。


「てめえ…何しやがる」


自由なほうの左手で首筋を掴み上げ、顔を上げさせる。
乱れた前髪の隙間から、驚愕したかのように大きく見開かれた金色の瞳が覗いた。怯んだのか、一瞬だけ弱まった拘束を振り解き、ついでに首のほうを解放してやる。

暫しの間はげほげほと咳き込んでいたが、やがて落ち着いたのかふらふらと立ち上がった。
先程までのわけの分からなさが嘘のように、呑気に髪をかき上げたり自分の服の汚れに落胆したりなどを一通り済ませると、こちらに向き直って口を聞いた。


「ちゅりーっす」
「……あ?」
「いやー、おにーさんがいなかったら死んでるとこだったわ…危ないあぶなーい」
「………あぁ?」
「ほんとは野郎のとかマジあり得ないんだけどー、せにはらはかえられない?っつーの?」


なんだ、これは。
こいつが何を言っているのかまるで掴めないが、さっきまで腹にあった筈の馬鹿でかい傷が、血の汚れで分かりづらいものの、無くなっているように見える。


「んじゃっ!ごちそーさまでしたっ」


吐き捨てるように台詞を残し、奴は俺の横をすり抜け、この細い道をすっ飛んでいった。


「何なんだ…あれは」


少なからず無くしていた冷静さを取り戻すべく、未だ血の止まらない右手で煙草を取り出し火をつけた。









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