今晩泊まりに行っていいですか?
電話の向こう側から聞こえてきたのはそんな意味の言葉だったと思う。何か用事があるのかと聞けば、無いのだけれども行きたいと抜かしていた。
下世話な話、奴が意味もなく此処に泊まりに来るといえば十中八九目的はアレである。
いつからかそういう暗黙の了解のようなものが互いに定着していて、はとさていつの間にこんなにも奴の居場所が増えてしまったのやら。
着信履歴を示す小さな液晶画面をぼーっと見つめながら思い出そうとした。


(…なんだっつーんだよ)


すぐにやめて、携帯をぱたんと閉じる。
黄ばみがかった蛍光灯の光。見慣れた自分の部屋と、一人暮らしだから当たり前のように一つしか無い布団と、何故かそこへ我が物顔で仰向けている、言わば客人であるこの男。じと目で睨みつけているこちらにお構いなく、腹を出してすやすやと眠っている。


「んん〜……」


幸せそうな顔、というか『私は幸せです』と顔に書いてあるのがいやでも分かるくらいにはおめでたい顔をしている。
よくよく考えたらこいつは起きているときも同じく腑抜けたおめでたい顔をしているので、決して珍しいことではないのだが。

理由も無く泊まりに来ると言っていたのだから、てっきり目当てはアレかと思っていたら。
出迎えるやいなや、持っていたコンビニ袋から缶の酒を取り出し「今日はパーッと飲みましょー!」ときた。


最近成人したばかりだと豪語していたこいつは、あまり酒は強くない。飲み慣れていないだけなのかも知れないがとにかく酒が入るといつの間にやら眠ってしまう。
何度か外で飲んだことはあったが、毎度こちらがほろ酔う間もなくテーブルに突っ伏して返事をしなくなる。


「けぇ、さ〜ん…」


寝言か。呑気なものだ。
物凄い勢いで幾つか缶を空けたと思ったらこのザマである。

本音を言えば、飲みたかったのなら外へ行くかもっと酒を買い込むかしていただきたかったのだが。
こんな微々たる量の酒では寝酒にもならない。何よりこちらは飲んでお終い、というつもりでは無かったのだが。


「…おい」


そっと奴に近寄り、小声で呼び掛ける。期待通り起きることはなく、尚もぐっすりと眠り続けている。

奴もこちらも承知済みの暗黙の了解じみたことを言って泊まりにやってきた癖に、一人で勝手に寝くさりやがって。
その気は無かったにしても、奴の口からは『そんなつもりで泊まりにやってきたわけではない』という断りなど入れてきてはいない。

身も蓋も無い言い方をすれば『こっちがその気で待っていたのに何していやがるてめえ』である。そのまま口に出してしまいそうになったが、一応はプライドというものがあるのでぐっと我慢する。
年下のガキに対し、幾つも大人である自分ばかりががっついているというのは、全く以て面白くない。


「…………」


仰向けになったままのあいつに覆い被さるように。肘は顔の横に、膝を腰の横へ。真下にある阿呆面に影が落ちる。
こちらの企みにはまったく気づかないままのうのうと眠っていやがる。無防備なその表情を見つめつつ、奴のシャツの裾から右手を侵入させた。
ゆっくりと脇腹を撫でながら昇り、肋骨を越えて胸までたどり着く。


「ッ……」


体がぴくりと反応したのは見逃さなかった。
追い打ちをかけるように、指先でさわさわと先端の飾りを刺激する。


「…ん…、ふ…ぁっ……」


男には何の必要も無い飾りのくせに、面白いようにぴくりぴくりと反応している。そんな風に悩ましい様を見せ付けられては、意識せずとも口元が緩んでしまう。
指先でそこを刺激しながら、顔を下げて首筋に顔を埋める。不快ではない、嗅ぎ慣れた香水の匂いがした。
躊躇いなく首に舌を這わせてちゅる、と吸いつく。跡のあまり目立たない黒い肌をしているから、遠慮なくあちこちに跡を残してやった。


「……ぁ……んん…っ……、」


表情を窺うと、やや切なげに息を吐きながらも目を覚ましてはいない。
服の中から手を抜き、くいと顔を左に向かせる。こいつは左耳にしかピアスをつけないので、邪魔な髪をそっと避け、目障りなお飾りの無い耳に唇を寄せる。
初めは耳朶やら耳の先やらを甘く噛んだりちろちろと舐めたりしていたのだが、


「ひゃ…ぁあぁっ…!?」


そのうちに焦れったくなり、外側だけでなく耳の中までを舌で犯す。
くちゅりくちゅりと水音を鳴らしたら素っ頓狂な声を上げやがった。ようやっとお目覚めらしい。


「おはよう糞ガキ」


耳元で小さく呟いてから、付着させた唾液を舐めとるようにまた舌を這わせる。段々と自分が置かれている状況がはっきりと認識できたのか、奴は息を荒げながら体を強張らせている。


「…け、…さぁん…ッ…」


頬が赤くなっているのは酒の所為だけではなくなってきたらしい。ふるふると肩を震わせながら、欲情したように潤む金色の瞳が見上げてきた。
舌を止め、何を言うのかと待っていると、しょげた子供のように縮こまりながら奴がぽつりとぼやく。


「寝込みを襲うなんて、ケーさんひでえよぉ…」
「呑気にグースカ寝てる方が悪いんだよ。勝手に俺の布団占領しやがって…覚悟はできてんだろうなぁ?」


不敵に笑ってみせると、奴の手が伸びてきて肩を抱き寄せられた。くっつかれながらも、重かろうと思いなるべく体重を掛けないよう脚に力を入れる。
なぜだかこちらが愛でられるように背中を摩られている。ちょっと気に食わない、が、それほど悪い気もしない。


「オレ、ちょっと安心したっす」
「何がだ」
「なんていうかー…オレばっかがシたいわけじゃないんだなーって」
「今更何分かりきったこと言ってやがる」
「いやでもぉ、ケーさんからこう…ガッ!てされんの、オレ的にはかなりレアいし…う、嬉しいし……なんつってみたり………」
「……………」
「やば…なんか照れる…」



「……お前、まさか試してたのか?」
「…へ?」
「イイ度胸してんじゃねえか、あぁ?」
「あっちょ、待って待って!ちが、あッ、っケーさあぁあんっ…!」







***

おわれ。
バカップル乙すぎる。





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