「六…聞いてくれ、六」


障子の白から通り抜ける月明かりが、寝室を仄明るくさせていた。今宵は月が大きく明るい。
布団の上で仰向ける六の上に跨がりながら一京が語りかけていく。六の返答は無いが、構わず続けた。


「私は昔、この寺でひとを殺めた」


六に返答ができないのは、一京の手によって首を絞められている所為だ。苦しそうに息を乱しながらも、『この程度では死なない』くらいにしか喉を圧迫されていないのが分かる。
その手は冷たく、震えていた。


「こんな風に…首を絞めて殺したんだ」


一度絞め殺した経験があるから、こんなふうにぎりぎり命を奪わない力の加減ができるというのだろうか。それでは何故首を絞める必要があるというのか。
六にとっては払いのけるなど造作も無いことだった。馬乗りされているとはいえ、腕が拘束されているということもない。
しかし一京の話の途中にその手を拒む気にはなれなかった。息苦しいが、今抵抗すれば一京のすべてを拒絶してしまうような気がしたのだ。


「今日みたいな月が綺麗な夜に、この部屋でね」


一京の表情は震えている。
様々な感情が複雑に混ざりあっているようで、彼の心中を察することはできない。ただただその震えている指先から僅かな殺気が滲むだけ。
あ、う、と声が漏れた。


「お前に似ていたんだ…。それも他人の空似なんてもんじゃなく、怖いくらいにそっくりなんだ。血縁、兄弟、生き写し、生まれ変わり…私はお前が恐ろしい。お前に初めて会ったとき、あれが私を殺しに来たのかと思った」


一瞬だけ首の拘束が強まり、全身の筋肉が硬直した。強く握り締めてくるその指に六がそっと手を重ねると、急に我に返ったかのように首が解放される。
急激に酸素が吸入されたために噎せて咳込んでいると、六の頬に雫が落ちてきた。
見れば一京がぼろぼろと涙を零している。まるで子供のように激しく泣きじゃくりながら。


「私腹を満たすためだけにあれを手籠めにした上殺し、冷たくなった体を見て慌てて死体を焼き裏手に埋めた!それだけに飽き足らず私はお前までもを手に掛けようとした!怖いこわい、何より私は私が恐ろしい!狂気じみたことをしておいて尚、被害者のように怯えのたうちまわる私が!」
「…待て一京」


ずっと黙りこくっていた六が、静かに口を開く。ぜいぜいと息をつきながら懐に手をやり、何物か取り出して一京の手に握らせる。
手の中に収まる何か。曲線を描いていながら、それ自体は硬い。手を開く時に先端の針のように尖った部位に掌を切られ血が滲んだ。


「鬼の爪だ」


おにの、つめ。
そこいらの獣からは到底取ることのできなさそうな、異形の大きく立派な爪。これが一体何だと言うのかと問うと、六の赤い双眸が一京を射抜く。


「この寺に初めて来たときに、裏に落ちていた。近くには土から這い上がろうとした跡のある鬼の死骸が一つあった」


始末は俺が済ませた。いつかお前にあの鬼のことを尋ねようと思った。そのためそれをずっと持っていた。六はそう言っていた。
それでは私があの時手に掛けたあれは、と思いだそうとする。
男だというのに白く美しい肌、色素を完全に失った真っ白な髪、月も星も無い晩に閉じた瞼の先に見えるような闇色の瞳。


「殺して正解だった。人の世のためにもな」


呆然とする一京を見て、ようやく息を整えた六がくすりと笑う。
だらんと脱力した一京の腿を叩いて退かし、立ち上がって障子を開く。月の綺麗な光がさっと部屋に差し込み明らんだ。
座り込んだままその後ろ姿を見守っていると、思い出したかのように六が呟いた。


昔、人に恋をした鬼がいたらしい。
物陰からこそこそと見守り恋焦がれるのに我慢ができなくなった鬼は、人に化けてその人間に逢いに行った。しかし鬼だと見破られてしまったのか、鬼は愛しいその人に殺されてしまったらしい。
地獄の底で鬼は嘆いた。もしも人に生まれていたのなら、こんな目に遭うこともなかったと。とても滑稽な話だが、その鬼は神に祈ったそうだ。どうか人にしてくださいと。


「その女々しい鬼の願いは聞き入れられ、見事神によって人に生まれ変わったそうだ」


どくり。体中が戦慄く。
六の項には先程の絞められていた赤い痕が、くっきりと残っている。ゆっくりと振り向いたその顔はやはりあの日見たあれの顔に瓜二つで、一京は半狂乱になってがたがたと震え出す。


「なァ、一京」


尻餅を着いたまま後ずさる一京をそっと壁際まで追い詰める。一歩一歩と。逃げ場を失った一京の前にしゃがみ込んだ六の顔は、どこか哀しそうで、しかし恐怖心は拭い去ることができず。一京はその手に握ったままの爪をがむしゃらに振り回した。


「あ……あぁあ…………」


手から爪が滑り落ちる。かしゃんと乾いた音。
六の頬には小さな切り傷。浅いながらも僅かに血が垂れ、彼の頬を伝っていく。
それを手の甲で拭ったかと思うと、自嘲するように笑った。


「俺は今、人間だ」


怖がらせないようにそっと震える肩を抱いたのに、背中に手は回らない。譫言にも満たず、意味をまるで成さない声を漏らす一京がただ愛おしくて。
昨晩まではお前がこうして俺を抱いてくれていたじゃないか。忘れてしまったのか、俺が怖くなってしまったというのか。
やはりこんなこと言わなければよかった。黙って黙って、胸の奥に仕舞い込んでしまっていればよかっただろうか。

切れてしまったほうの一京の掌に指を絡める。この手に首を絞められたとき、いっそあのまま殺されていればよかっただろうか。
殺されまた殺されかけたとしても、自分はこの男に惚れたままだというのに。


「今度は殺さないでくれよ」








***
最後の台詞を六に言わせたかっただけ。
1/6記念文といいつつ一六に見えないし記念できてない。色々と残念。






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