外は雨。
雪どころか霙にも成りきれない冬の雨はやたら冷たい。傘を持つ手は凍みるし、手袋やら服やらが雫を吸うものだから寒くて仕方がない。
こんな日は外に出ないに限る。
幸いにして今日は仕事が無い。自分に仕事なんか来ないほうが世間は穏やかで平和な日常を過ごせるのだが、平穏を乱したがる連中は意外と後を絶たない。
自分もその連中から頂く仕事で飯にありつけているので、不謹慎ながらそこそこ平和でそこそこ物騒なくらいが理想的なのではあるが。


「…………」


万年床の上に寝そべり、天井を見上げる。ヤニですっかり黄ばんだ壁や天井に気怠さが増した気がした。
雨の音、水溜まりを蹴散らす車の音、石油ストーブの上に乗ったやかんがシュウと鳴く音、何とは無しにつけっ放したテレビの音。
この狭いアパートの一室で、潰せる暇というものはあまり無い。寝るためだけに借りてあると言っても過言ではない。
寝返りをうち、大して面白くもないお昼のテレビ番組に目をやる。いかにも主婦層に人気のありそうな、視聴者の恋愛体験談を募り映像化していき、それに対しコメントやら議論やら共感やらをトークしていくような、そんな番組だ。
まったく頭に入らないが、チャンネルを変えるのすら億劫で。一服でもするかと枕元に転がっている煙草の箱に手を伸ばして探ったが、無い。
覗き込んだ箱は既にただの燃えるゴミとなり果てていて、そういえば昨日の夜に最後の一箱を空けてしまったのだと思い出す。忌ま忌ましげに用済みのそれを握り潰し、適当にその辺に放る。
無い、と分かると余計に吸いたくなるもので、しかし買いに行くなんて面倒なことをする気も起きず、灰皿の蓋を空けてまだ吸えそうな長さの吸い殻を探すことにした。


「ぴんぽーん」


大量の吸い殻達に悪戦苦闘していると、呼び鈴とそれに被さる声が玄関から聞こえてきた。
灰皿の蓋を閉じ、手に付着した灰をその辺に叩き落としつつ、ドアを開ける。
そこには思った通り、ここのところよく顔を見せにくる金髪に浅黒い肌の『糞ガキ』が立っていた。お得意の「チョリーッス」だかをしながら、いかにも御陽気な様子で。


「ケーさんチョリーッス!近くまで来たんでぇ、寄らさして頂きましたーっ」
「………」
「こーゆーアポ無しのってアレっスよね〜、『エヘ、来ちゃったっ』的な?いやーケーさん出掛けてなくてよかったわー」
「…さっさと入れ。寒い」
「おっじゃまっしまーっす」


ただでさえ狭苦しい玄関に野郎二人でいるのも苦痛でしかないので、部屋の中に入れてやる。
ふと見ればこいつ、傘を持っておらず明るすぎる金髪も羽織ったブルゾンもずぶ濡れだ。隠しているつもりか、へらへらと笑いながらも小さく震えていやがるではないか。


「もー最悪っすよー。家出てちょっとしたらいきなし雨降ってきちゃってー…」
「無駄口叩く暇があるなら、さっさと脱げ」


風邪引くぞ糞ガキ、と付け加えようとしたら奴は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、すぐにふざけた調子で自分の肩を抱いて体を縮めながら内股で宣う。


「ちょちょちょっ、ケーさんちょっともー来るやいなや脱げなんて真っ昼間っからがっつきすぎっしょ!オレちょっとまだ心の準備が…!」
「勘違いすんなアホタレ。風邪引きてえのか?」
「風邪?……あぁ、あーコレか!いやマジビビりましたよーいきなり脱げとか…」


まったく懲りずに色々くっちゃべるのを無視して奴のブルゾンを脱がし、ストーブの上あたりに干してやった。
いつも無駄に盛られている髪が濡れてしまっていたので憐れに思い、タオルを投げつけ再び布団の上に戻って寝そべる。
すると先ほどくしゃくしゃに潰した煙草の空箱が目に入ってきた。そう。煙草、煙草が無いのだ。


「そいやケーさん昼飯食いましたー?」
「いや」
「んじゃどっか食いに行っちゃいませんー?」
「あー…」


力無く返事をしながら何気なくテレビに目をやると、さっきの番組のスタッフロールが流れていた。
ゴランノスポンサーノテイキョウデ…などとお決まりの文句が聞こえてきた。足りない。ヤニが足りない。


「お前なんか用事あんだろ。此処寄ったのついでみたいだしよ」
「あ、それ嘘っす」
「あ?」
「なんかオレいきなしケーさんの顔見たくなって………なーんつって!」


こいつは何が可笑しいのか尋ねたくなるくらいには、よく笑う。つくづく正反対のタイプだと思う。
ちゃっかり座布団に座りながらがしがしとタオルで頭を拭いているその様子を見守りつつ、寝そべったままぽつり。


「…ヤニ」
「へ?」
「……メシより煙草が吸いてえ」


潰した箱を更に潰してゴミ箱に投げ入れたが、寸でのところで中に入らず、縁に弾かれて畳の上に落ちる。
捨てなおそうと仕方無しに起き上がると、奴が満面の笑みでこっちを見ていた。こいつがにやけているのはいつものことなのでスルーして、ゴミを拾いあげてスカスカのゴミ箱に叩き込む。


「ぜってーそんなことだろうと思ってた!さっすがオレ!冴えてるっ!」


振り返ると奴がポケットから未開封の煙草を取り出し、こちらに差し出していた。よく見ずとも分かる、自分がいつも吸っている銘柄のものだ。
こんなこともあろうかと買ってきておいて正解でしたね!と何故か奴のほうが嬉しそうにしている。有り難いのはこちらのほうだけだというのに。


「今日寒いし雨降ってっから、ケーさん煙草買いに行くのヤだろうな〜と思って!」
「おお。悪ィな」
「その代わりにぃ、どっかメシ行きましょって!」
「お前それじゃあ本末転倒だろうがよ」


透明なフィルムを外して箱を開け、待望の一本を取り出し火を点ける。
尚もぶーぶーと抗議してくるので、戯れに奴の爆発した髪を片手で掻き回しながら深く吸い込み煙を吐く。低めの天井に向かって煙が散った。


「ケーさーん…」


恨めしそうな呟きを適当にあしらい、長らく待ち侘びた煙草を堪能し終え立ち上がった。
不思議そうに見上げてくる奴に背を向け、自分の服を取り出してきてそそくさと着替える。


「行かねえとは言ってねえだろ」


コートを羽織り、愛用の帽子を目深に被るとまた奴が嬉しそうになんやかんやと喚いていたので、さっさと出ろと頭を軽く叩く。
掛けてやっていたブルゾンをひょいと取り上げ、生乾きなのも気にせずに手早く纏いばたばたと出て行く姿を見てこっそりと笑った。


「…………」


そういえばあいつの髪は阿呆みたいに爆発していたなと思い出し、棚からもう一つ帽子を引っ張り出した。黒のニット帽、これなら頭が冷えることも無かろう。
ストーブとテレビを消し、開けたての煙草とライター、財布をポケットに捩込んで、何故か無駄に玄関に溜まっていくビニール傘(奴が持ち込んでは置いていきやがる)二本と共に家を後にした。






「これ被っとけ。煙草の手間賃代わりに昼飯も奢ってやるよ」
「マジすか!?あざっす!!」
「何処に行く?」
「ケーさんと言ったら、やっぱラーメンっしょ!」







***

まったり毛チャラ。口調とかむずいな…。
んー、毛チャラ流行らないかなあ。駄目かなあ。





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