火鉢に手を翳して、壁に掛かった古風な振り子時計を見た。その後すぐに、この意味があるようであまりない行動を何度繰り返したかを回想する。
ちくたく、と時計の刻むリズムは悲しいほどに一定。一人だけでいる茶の間には喧しすぎる程にちくたく、と繰り返されている。


その、赤い目が細まる。


勿論それは笑いなどにではなく、つまらなそうにしかめられて鋭い双眸は更に鋭さを増した。
この部屋全体を包む寒さにか、それとも時の流れへの不満にか。
小さな舌打ちを一つして、胡座をかいていた足を崩す。それから上になっていた左足を右足の下に押し込んだ。
一瞬聞こえなくなったはずだが、耳の中に例のリズムが欝陶しく入ってきた。


気づけば火鉢の炭が、雪のように白くなっていた。


どの位こうしているのだろう。どの位こうしているのだと考えていただろう。思考に次ぐ思考は振り子のように止まらない。
風呂から上がり一人で飯を食い終え、それが遥か昔の出来事のように思えた。天井を見上げ、舌打ちの代わりの溜息をつく。室内だというのにうっすら白いそれにまた機嫌を損ねていると、不意に時計から音が鳴った。


ぼーん、とひとつ。


火鉢の炭の塊が、音も立てずに小さく崩れた。割れ目からは燻る火の色が覗いている。
その赤い目は、細められたまま。


ぼーん、とまたひとつ。


時計の鳴き声の残響が消えた後すぐ、遠くの方からガラガラ、と引き戸を開ける音がした。続いて、衣擦れと足音。
次に聞こえるであろう襖の開く音がする前に立ち上がり、


「六…!」


向こうから開かれる前に襖を大きく開けて、その体にがしりとしがみついた。自分より幾分か細いその体に、抱き着くというよりも、押さえ込むような形。まるで親を出迎える小さな子供のような仕草だったと思う。
年甲斐も無くだとか、そんなことにも構わず背中に手を回しながらまくし立てた。


「遅ぇ」
「今朝、遅くなると言っただろう」
「そんな昔の事ァ覚えちゃいねえ」


驚き呆れ、溜息。
最後にはどこか諦めたようににこりと笑って、背中に手が回ってぽんぽんと叩かれた。


「こう冷えてちゃ寝酒無しには寝られん。さっさと付き合え生臭坊主」
「……今からかい?」
「一人酒なんざ面白くも何ともないだろうが」
「ははは、それはそうだ。しかしなぁ六、私は明日も朝が早いんだが…」
「気張れ。あと、」
「なんだい?」

「お帰り」
「ああ、ただいま。」





時計の音は、聞こえなくなった。
生憎と、二人ならば時間など気にする必要はないゆえに。



(いえあ)






***
昔書いたの。
一六いいよね。需要無くても大好き。


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