あいつはあんなに消えてしまいそうなほど小さいくせに、どうしてあそこまで存在感があるんだ?
登下校するときとか、ちょっとした用事で外を出歩いたときとか。姿が見えなくともその存在が頭をかすめる。


甘い、甘い香りのお星さま。





そうか、逆か。
あまりに小さくて消えてしまいそうだから、このまま滅びてなるものかと進化した結果がこれ。秋の風物詩のひとつと言ってもいいくらいに広く人々に知られている。

桜の次はこれでもいいな、などと考えながら、フレーズを書き溜めておくノートの端にその名を片仮名で走り書きしておいた。漢字は後で調べるから今はいい。ど忘れしただけだ。


秋の夜が好きだ。部屋は机の電灯だけ点けて、寒くなければ窓を開ける。時折見えるぼんやりとした黄色い月がひどく落ち着くのだ。雨音がしないのを確認してから、今日も静かに窓を開ける。
するとふわ、と香しい例の強い匂いが漂ってきた。

はて、この家の近くに奴は植えられていただろうか。

庭ではない。当然のことながら、自分の家の庭に生えているものくらいは覚えている。
隣の家か?と思ったものの、それにしては匂いが強すぎる。
まさか屋根の上でアンテナの隣に植わっているのかなどと非現実的なことを考えつつ、窓から身を乗り出して匂いの発信源を探した。


「俺様ならココにいるんだけど?」


降って来た声の方向を見上げる。
星空を背にして浮かんでいたのは、このところずっとこの心を掻き乱してやまない、少しだけ、いや、かなり憎いあいつの姿であった。
口角の片側だけを吊り上げる独特の笑みを浮かべつつ、同じく癖なのか大抵の場合こうして空から現れる。


「何?まさか俺の気配をビビっと感じてくれて、そんなに情熱的に探してくれてたとか?」
「情熱的かどうかは別としてあんたのことは探してなかったな」
「そこは冗談でも俺のことって言っとけよもー。傷ついちゃうじゃん?折角逢いに来たのにさー」


いつものようなやりとりを幾度か繰り返しているうちに、MZDはよっこいせ、はいはい邪魔するぜなどと言いつつこちらを押し退けて窓から侵入してきた。靴を脱いで窓枠に置き、なぜか未だに天井近くまで浮いたまま、何かが緩く握られた両手を差し出してきた。


「プレゼント」


意味も分からずに面食らっているうちに、MZDの手が開かれて。一際強くそれが香ったかと思ったら、金色の雨が降ってきた。
はらはらと大量に落とされたそれは、星のような形をした、例の花。


「なっ…?!」
「恋人の部屋にお忍びで来るのに、花の一つや二つも持たないようじゃ…なぁ?」


予想外の光景に尻餅をついたこちらを余所に、言い終えてから漸くすとんと床に降りてきて、明らかに手の中に収まっていなかったであろう量の花(また何か変な力を使ったに違いない)から一つだけ摘み上げてそれに口づけていた。


「おい何だよ…コレ」
「何ってー、言っただろ?プレゼント。名前は金木犀って流石に知ってるか」
「そうじゃない。どうしてこんなもん、」
「もしもさー、俺がお前の為だ・け・に、摘んで来たっつったらお前は喜んでくれる?」
「…阿呆」


突拍子も無いその言動やら行動に、髪に付いたであろう花弁を払う気も起きないが、この香りならばいいかと思えてしまう。あまりにも強すぎる香りのせいで他の何の匂いもしない。嗅覚が独占されている。


「照れんなって」


畳に後頭部をぶつけたと思ったら、どうやら勢いよく倒れ込むようにして抱き着かれたらしい。天井とMZDの顔だけが視界に映り、奴が床から掬い上げたらしい花が体の上に散らされた。


「ああ…やべえわ」


ゆっくりと、上から被さるようにその顔が近づいてきたので、反射的に顔を横に逸らす。しかしこちらの咄嗟の行動には別段気にした様子もなく、MZDは満足そうに首だか肩の近くだかに顔を埋めていた。


「今俺とお前、同じニオイがする」


馬鹿なことを言う。けれど、それは嘘ではなくて言われて心地悪いものではなくて。
逸らしていた顔を戻し、なるべく体重を掛けまいと気を遣っているこの男の方を向いてやると、耳元で諦めたように呟いた。


「…本当だ」





甘い、甘い香りのお星さま。






***
甘くしようと昔書いたの。
言うほど甘くないのは仕様です。


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