「ミシェルさん、」


ぎゅう、と全体的に細すぎる体を壁に押し付けて彼の名を呼べば、彼は少しだけ不機嫌そうに、それでも何故かくすりと笑って声を上げた。


「何です?というか、背中が痛いのでやめてくれませんかね」
「貴方はこうしないと逃げるでしょう?」
「当たり前です。でも貴方、毎度毎度壁やら本棚やら床やらに押し付けられる身にもなってください。痛いんですよ。貴方加減してくれないから」
「ミシェルさん相手なら喜んで、壁に減り込むまで押し付けられたいですけど?そろそろ貴方のほうから触られたいんですけどね、俺」
「ははは、ご冗談を」


いつもいつも俺が彼を捕まえて逃げられて、の繰り返し。ベクトルの向きが変わったことは無いに等しい。
この人は本当に他人を煽るのが上手すぎる。
その、整いすぎて気味が悪いくらいの綺麗な顔までぐっと顔を近づけてやれば、彼は一瞬だけ不機嫌そうに眉根を寄せて、すぐに取り繕うように笑って顔を背ける。
余裕そうな横顔を見ているとお預けを喰ったような気になり、仕方なく側にあった首筋に顔を埋めた。


「あー良い匂い」
「そうですか。それは良かったですね」
「わお、随分投げやりだなー。ちょっと傷つきましたよ」
「貴方が?このくらいで?じゃあもっと沢山傷ついてくださいね」


きっと最上級の笑みを浮かべながら、彼は言っているのだろう。
背筋が凍るようなその笑顔が見たくなって、体を少し起こして彼から離れる。
密着こそしていないが、まだ彼を逃がさぬように、やや乱暴気味に腰を抱きながら。


「ミシェルさん…、」


彼の表情を見た途端、急に何かの感情が沸き上がってきて、反射的にその小さな顎を引き掴んでこちらを向かせ、静かに口づけた。


「ん……っ…」


いつもならもっと横暴に、奪うように、わざわざ傷つけるように、優しさのカケラも無いような、わざと目を開けたまま、乱暴なキスをしてやるのだが。
今日はやんわりと慈しむように、そっと。傷つけてしまわぬように、壊れ物を扱うように。瞼の向こう側で彼がどんな表情をしているか想像しながら。
長々と楽しみたい欲望を押さえ込んで、すぐに顔を離して彼を見た。ゆっくりと瞼が開いて、長い睫毛がどこか煽情的に持ち上がる。


「何です。いきなり」


ぞくりとする。
その魅惑的な、左右で色の違う瞳に見上げられては。


「だってミシェルさんが…」
「だから、何です?」
「キス待ちなんて可愛いことするから」
「僕が? いつ?そんなことを?」
「さっき目、閉じてたでしょう」


先程彼の極上の笑みを見ようと思い体を起こしたら、にこりと笑った口元に、伏せられた瞼。
その彼らしからぬ無防備な表情を見てしまったからには、口づけたいという衝動しか湧かないわけで。


「貴方は馬鹿ですね。違いますよ」
「じゃ、馬鹿な俺に教えてください。さっきの。うたた寝なんてさせたつもりありませんし、他に考えつきませんよ」
「そうですね。それじゃあ、貴方の声をよく聞きたくて…よく聞こうとして…、というのはどうです?」
「どうです?って、ミシェルさん、それは適当すぎません?」
「褒めてるつもりなんですがね…貴方、さりげなく良い声しているじゃないですか」
「へえ…」


出会ってから今の今まで、彼に褒められた記憶は無い。
彼にけなされ、嘲笑われ、皮肉られてばかりの俺には少し新鮮だった。
無論今の『褒めてるつもり』から分かる通りに、この何気ない一言も皮肉じみた即席の売り言葉に過ぎないのだろうが。


「俺の声が好きなんですか?」


それでも流石に笑みを抑えられずに問うと、彼はやれやれ、とつぶやきながら俺に向き直った。
細く白い指が俺の頬に触れてきて、馬鹿にするように優しく撫でながら言い放ってきた。


「単純なひとですね」


それが否定なのか肯定なのかは分からなかったが、彼がまた意味ありげに笑いつつ瞼を閉じていたので、今は都合の良いように受け取ることにしておいて、何も言わずにキスをした。








1.「俺の声が好きなんですか?」
配布元:確かに恋だった





書いてる途中で力尽きた…orz




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