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「起きて」


誰の声だろう
随分と懐かしい気がする


「起きてってば」


重い意識の中うっすらと目を開ければそこには小さな小狐が二匹いた


「起きた!」

「よかった!」


嬉しそうに駆け回る二匹の狐
妖狐ではない一般的な狐にポカンとしていると、二匹は不思議そうに私を見つめる


「あれ、どないしたんやろ」

「頭打ったんかな?」


声を出そうとした時、私の意志とは裏腹に口が勝手に動いた


「あなた達喋れるの?」

「わ!俺らの声聞こえとる!?」

「なんやこいつ!人間ちゃうんか?!」


あわあわしている二匹は木陰に隠れてこちらの様子を伺っている
自分の視点が高くなる
勿論私が立ちたいと思った訳でもないのにこの身体は立ち上がった
つまり誰か別の人の記憶を見せられているのだと思う


「私は弥生、陰陽師だよ」


この身体は弥生と言うらしい、弥生が優しく声をかければ二匹は恐る恐る近づいて来る
スンスンと鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐその姿はどう見ても狐だ

ここで視界が真っ暗になる
一瞬だけ間が空いて、すぐに新しい景色になった

今度は大きな社の前に立っている


「あなた達が妖狐?」


先程の狐とは違い、金銀それぞれの毛並みを持ちこちらを威嚇しているのは私のよく知る二匹


「誰やお前」

「何の用や」

「警戒しないで、私の式になって欲しいだけよ」

「「はあ?」」


見るからに機嫌が悪くなった二匹が地面を蹴り上げ目の前に降り立つ


「お前誰に物言うとんねん、俺らは上位妖怪の金狐と銀狐やぞ」

「この稲荷の地は俺らのテリトリーや、さっさと出てくか喰われるか選べや」


妖気剥き出しで唸る二匹に弥生はしゃがんで目線を合わせる


「なら、私と勝負しましょ!あの山まで先に着いた方が勝ち!私が勝てば式になってもらうわ」

「は、ちょっと待てや何言うて「はい、始め!」


駆け出す弥生
二匹の慌てた声が聞こえるものの、止まる様子はない

ここで再び視界が暗転する
次に見えたのは真っ暗な空
そして弥生を泣きそうな顔で見つめる人型の侑の姿


「侑、泣いちゃダメ」

「泣い…てないわ」

「…ふふ…ほん、と…意地っ張りね」


その光景に弥生が巫女で、これが巫女の最期の時だと悟る

傍には治もいて、ただ呆然と弥生に目を向けていた


「っ、晴明は…晴明はどこや?!」

「ツム、晴明はもう…」

「っ」


安倍晴明は巫女が命を落とした為、自ら命を絶ったと言っていたけれど、その原因は禁忌札だろう


「治…怪我…してない?」

「俺のことはええから!もう喋るな!」

「いつか、また会えるから」

「「主!」」


二匹の悲痛の叫び声と同時に鈴の音がなって振り返る
そこは先程までの空はなくて、どこかの社の前

いつの間にか自分の身体に戻っていて、先程まで入っていた弥生、基巫女と向き合っている


「あら、晴明に殺されたの?」

「…弥生さん、あなた趣味悪いですよ」


なんてサイコパスな人を旦那にしたんだと冷ややかな目を向ければ、巫女は困ったように微笑んだ


「昔はいい人だったのよ

それより世界は救えたかしら?」

「…救えなかったです」


晴明に心臓を貫かれた私は死んでしまったらしい
なら何でこんな所に巫女がいるんだろう
そもそもここはどこだろうか


「七歌、あなたはどうしたいの?生きたい?」

「私は…」


言葉に詰まっていると、遠くで誰かが呼ぶ声がした
よく聞けばそれは侑と治の声で、先程の記憶と同じく悲痛の声を上げている


「っ」

「あの子達は確かに私の生まれ変わりのあなたを選んだけれど、理由はそれだけじゃないのよ」

「…え?」

「ほら」


巫女が指さした先には侑や治と過ごした日々の記憶達
気がつけばこんなに増えていた思い出


「あの子達はあなただから選んだの」


どれも楽しそうに笑っている二匹と私ばかりで、主従の関係を越えて自分達には絆が芽生えてたんだと自覚した


「私、行かないと」

「そう言うと思ったわ」


そっと私の手を握った巫女


「大丈夫、あなた達なら出来る」


その手に残されたものを見て、私は頷いた


「行ってらっしゃい」




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