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息が苦しい
口の中に血の味が広がる
神力がすり減る度に迫り来る死への恐怖

響と美嘉を覆う妖気のドームはまだ健在で余計に焦燥感を駆り立てる

妖気が晴れた時、万が一の事があったらどうしよう
嫌な予感ばかりが頭をよぎる

もうどれだけの時間戦っているのか分からなくなってきた頃、百鬼夜行の方も徐々に勢力が落ちてきたという伝令が入った

稲荷の陰陽師達が総出で戦っているんだから流石に百鬼夜行と言えど妖側に勝機はないだろう
問題はその元凶を倒せるかにかかっている
そう、目の前の安倍晴明を倒せるかに…


「あれ、治らないなあ…」

「百鬼夜行はもう終わり、そろそろ諦めて」

「ほんとしぶといね、人間って」

「あなたも人間でしょ」

「僕は妖に心臓を捧げたからね、人間でも妖でもない新たな存在なのさ」


ケロッとした表情の晴明は、百鬼夜行の力が弱まりつつあるせいか、所々傷が治っていない部分がある
力の源を絶ってしまえば安倍晴明はただの人間
上位妖怪の妖狐に適うはずがない


「治」

「了解!」


私の身体から治だけが抜け出し、晴明に噛み付く
不意を突かれた晴明は腕に噛み付いてきた治を振り払おうとするも、畳み掛けるように治が炎を纏い、晴明ごと燃やした

人間相手には決して使用しないけれど、ここで手を抜くと世界は終わる
私はここで負けるわけにはいかないんだ


「ああああああ!!!!」

「(傷が治りにくい今なら致命傷も通るはず!)」


見る限り苦しみに悶えている晴明はやはり再生能力を失っているように見える
やるなら今しかない

そう直感してすぐさま浄化の準備に入る


「不浄封印!」


けれど晴明は札を弾く
残り少ない妖気を使って命からがら傷を再生したようで、荒い呼吸を繰り返している


「いい加減諦めえや」

「黙れ銀狐、お前に要はない!」


治に術を放った晴明、けれど治の周りに張られた防御壁が邪魔をする

治の隣に降り立ったのは防御壁を生んだ張本人の侑
神力も限界だったので式憑きを解いた


「お前は何が目的なんや晴明」

「…はは、お前達には分からないよ」

「七歌を巻き込むな」

「巻き込む?フフ…フハハハハハ!妖狐、君たちはおかしいことを言うね」


何やら狂ったような笑い声を上げる晴明に私は眉をひそめた


「だってこの状況を願ったのは七歌、紛れもない君だよ」


身体の奥で何かがゾワっとしたのを感じた
思い当たる節もなければそんな事を願った記憶もない
けれどこの男は私のせいだと言う


「なに、言って…」

「デタラメ言うな!」

「本当だよ、そうだな、どこから話せば信じてくれるんだろう…それじゃあ一つ、昔話でもしようか」


妖気が少なくなってきて苦しいはずなのに、それでも気味の悪い笑みを浮かべる晴明に身の毛がよだつ

それと同時に、この人が言ってることは本当なのだと嫌でも思い知った






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