20/32



たとえ世界が危機に瀕していても私たち学生は当たり前のように毎日学校に行かないといけない

仮面の男の襲撃のあと、響や美嘉と共に祖父に報告した際に妖狐二匹は仮面の男が安倍晴明の生まれ変わりだと告げた

土御門家は安倍晴明と巫女の子孫
うちの家系にあの男はいない

本当に安倍晴明なのかも怪しい
けれど二匹は間違いないと言ってた
勿論祖父は疑ってたけれど、私はあの二匹が言うのだから間違いないんだろうと腑に落ちている

妖の事を本気で信用するなんて、と怒られそうだけれど今になっては侑と治はただの妖じゃない、友達くらいの感覚でいるから不思議なものだと思う


「であるからして、次の文章は」


いつもなら喜んで聞く古典の授業
けれど、今日は黒板に書かれた文字に全ての意識が持っていかれた


「つまり、この時代において安倍晴明は」


そう、今日は偶然か否か安倍晴明の授業らしい
古典の先生が妖ではという可能性も加味して神力を通じて妖気を探るものの、それらしいものは感じられない


「(ダメだ、最近過敏になり過ぎてる)」


いつ来るか分からない脅威
その時が来たら安倍晴明と戦わなくてはならない宿命

けれどあの時一歩も…いや、指の一本さえ動かせなかった

こんな状態で戦えるのか


「じゃあ次の文から土御門、あー…このクラス二人いたな、七歌の方、読んでくれ」


そもそも安倍晴明の生まれ変わりなら百鬼夜行を止めるはず、何故起こそうとしているのだろう


「土御門聞いてるかー?」


結界の張られたこの学校に何度も妖を送り込んでくるんだから敵意はあるはず
でもあの時の男から感じたのは敵意というよりは憎愛のような何か

晴明と巫女は愛し合っていたと聞いているけれどまさか私にそんな気持ちを抱いているんじゃ…


「土御門七歌!」

「っ、はい!」


先生に名前を呼ばれてハッとして席を立つ
ヤバい、当てられてたと内心ヒヤヒヤで黒板に目を向けた


ここまでは何ら変わりない日常だった



「やあ、七歌」


そこに立っていたのは先生ではなくあの男
薄気味悪い程綺麗な顔でこちらへ笑みを向けている
周囲にいたはずのクラスメイトや教室はなく、ただ真っ暗な空間のみ


「(いつの間に…!)」


即座に侑や治を呼び出そうとするけれど身体が動かない
今回はご丁寧に声は出せるよう顔だけは金縛りを解いてくれているらしい


「そんな怖い顔しないでよ、ようやく会えたんだから」

「あなたは誰」

「気がついているだろう?安倍晴明だよ」


楽しそうにニコニコと笑う男に疑惑が確信に変わる


「安倍晴明が何でこんな」

「不思議なことを言うね、安倍晴明が良い奴だって誰が決めた?」

「それは…」

「いいかい七歌、人間はいつの世も身勝手だ、自分達では努力もしないくせに神だの仏だのに縋る

上手く行けばいいけど、悪い結果だった時、人間は神や仏に牙を向く

勝手に縋ってきて結果が出なければ捨てる
傲慢で愚かな行為だ」


男は何かを思い出すように告げる
その目は闇に染まっていて、とてもじゃないけれど救うとかそんな次元ではないところにいるのだと察した


「だからね、世界を作り直そうと思って」

「世界を…」

「そう、その為には創造主が必要だよね?ここまで言えば七歌なら分かるんじゃないかな」


身勝手で傲慢な人間を生み出すこの世界をリセットする、つまりこの星を滅ぼすということ
そして次の世界の創造主になる人物


「まさかあなたと私で?」

「大正解!僕とキミとで新しい人類を生み出そう」


男が嬉々とした表情で私の頬を撫でる
ああ、この感覚は前にも体験したけれど気持ち悪い


「触らないで」


唇を撫でた男の指を思いっきり噛んでやれば、予想と反して男は益々笑みを深めた


「いいね、調教のしがいがある」

「私はアナタの思い通りになんかならない!」

「その威勢もどこまで持つかな?また会いに来るよ七歌、僕の愛しい巫女」


暗闇が徐々に晴れていき、気づけば元の教室にいた
クラスメイトや先生の目が私に向いているので時間は経っていないんだと思う

当てられたであろう箇所を音読しながら先程の邂逅を思い起こした






back



- ナノ -