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雷牙は元々大きかった身体の毛が逆立ち、爪や牙が伸び手には雷を纏う
兎々は少しだけ大きくなったものの兎らしい外見
しかしその額には一本の角が生えており、そこだけが異様な姿だ


「やれ、雷牙」


ダンっと地を蹴る雷牙
凄まじい勢いでジャンプをした雷牙は瞬く間に女郎蜘蛛へと距離を詰める

雷を纏う尾を振り回すように遠心力を使い叩きつければ、女郎蜘蛛の呻き声が聞こえた
式には特性がある
妖狐はバランスの取れた式だけれど、牙狼は攻撃に特化した式
そして月兎は素早さに特化した式と、種によってその特性は異なる

女郎蜘蛛は自分の殻に傷をつけた雷牙を睨みつけた


『犬風情が!』

「あら、じゃあ兎はどうかしら」

『っ?!』


雷牙に気を取られていた女郎蜘蛛は背後に忍び寄っていた兎々の気配に身を伏せた
しかし兎々はそんな動きも予期してか、的確に女郎蜘蛛の目を潰した


『ぐあああぁあ!!!』

「それだけ目があれば一つくらいいいでしょう?」


兎々の纏う属性は風
元々速い月兎がさらに素早いのは属性によるものだ

目を潰された女郎蜘蛛は怒りの余り足をジタバタとさせている


『おのれぇ…おのれぇえええ!!!』


女郎蜘蛛は自身の脚を一本引きちぎり、食べ始めた
その光景に侑と治がドン引きしている
脚を食べた女郎蜘蛛は潰れた目を再生し、更に目を増やした
総数にすると二十はある赤い目玉が一斉にこちらを向く

周囲に撒き散らしたのは毒素
その証拠に草木が枯れてゆく
女郎蜘蛛の周りには数匹の蜘蛛が集まってきた


「一体どこから」

『私は蜘蛛の女王、こいつらはみんな私の可愛い子供さ』


何百もの赤い目が不気味に光る
流石にこれはまずいと感じ、響と美嘉に目を向ければ、二人は余裕そうな笑みを浮かべていた


『何がおかしい』

「いや、手の内を明かした所で何も意味無いでって思ってなあ」

『フン、威勢は良いようだな』


が、しかし女郎蜘蛛の脚の一本が突然切断された
今度は自分で引きちぎったのではなく不意にちぎれたようで女郎蜘蛛の顔色が変わる


『貴様何をした!』

「アナタこそいつまで脚がついてると勘違いしてるのかしら」


冷たく言い放った美嘉
刹那、全ての脚が切断された女郎蜘蛛
切り離された胴体が地面に横たわる


『そんな、いつの間に!』

「最初に目を潰した時だけど、気が付かなかった?」


楽しそうに宙を舞う兎々はまるで幻獣
その見た目とはかけ離れた残忍さは月兎の特性の一つだ
妖気を角に蓄え、まるで刃のように振り下ろす
月の処刑人それが月兎


胴だけとなった母体に恐れをなしたのか散ってゆく子供達


『待て!私の子達よ!』


悲痛に近い叫びに響が口角を上げた


「子離れやなあ、お母さん」

『や、め…』

「飯やで雷牙」

『や、やめろぉおおお!!!』


響は雷牙が女郎蜘蛛の妖気を食べたのを確認して印を結び「不浄封印」と叫んだ
札に封印された女郎蜘蛛
しかしまだ空間は維持されている


「どこかに黒幕がいるってこと?」

「かもな」


響と美嘉がそう告げた時、突如私達三人の式が全員紙に戻された
誰も命令していないのに強制的に起こったそれに身構える

けれどもうそれは目の前まで来ていた

意識した時には既に至近距離に私達三人を品定めするかのようにこちらを覗き込む鬼の面を着けた人間がいた


「っ?!」


咄嗟に距離を取ろうとするけれど、何らかの術で金縛りに合う

指一本動かせないこの状態に冷や汗が流れ落ちた


「久しぶりだね、妖狐の巫女」


声は聞いたことのないもので、神力というより妖気に満ちている辺り陰陽師側の内通者だろう
そして巫女を知る人物


「会いたかったよ」


頬を撫でるその指に悪寒が走る

その瞬間、目の前の人物との間に金と銀の毛並みが見えた、侑と治だ
強制送還されたのに再び出てくるなんて、本当に強い式神だ


「汚い手で七歌に触んなや」

「今すぐそこから離れろ」


随分苛立っているようでグルルルと唸り声を上げる二匹に仮面の人物は数歩下がる


「相変わらず忠誠な狐だね」

「っ、お前」

「まさか…!」


ゆっくりと仮面を外したその人物はどこかで見たことがあるような男の人
何故か懐かしい感覚がする


「またすぐに会えるよ、七歌」


ニコッと微笑んで姿を消した男
途端に元の時間に戻った空間
侑と治が心配そうに私を見上げているけれど、私はやけに早打つ脈を整えることで精一杯だった




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