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真っ暗な空間の中で一人の女の人がこちらを見ていた
「あなたがあの二匹の新しい主ね」
透き通るような凛とした声に、この人が巫女様だと理解した
私たち陰陽師は稀に前世の姿を見ることがある
そして同時に自分が巫女の子孫だと言うことも悟る
つまり安倍晴明と巫女の子供
「頭がいいのね、安心したわ」
ニッコリと微笑むその姿は教科書で見たのっぺりとした顔じゃなくてもっと整ったものだ
あれ作った人は眼科に行くべきだと思う
「稲荷崎の地に再び脅威が迫り来る時、あなたはどうするのかしら」
脅威って何のことだろうか
まさか百鬼夜行が再び行われるなんてことはないはず
「侑はワガママでおっちょこちょいで、治は負けず嫌いで目を離すとすぐにどこかに行ってしまうの」
その笑顔を見て巫女があの二匹のことを大切に思っているんだと伝わった
前に話を聞いた時には仲良くないのかと思ったけど、そうでもないらしい
「二匹を宜しくね、土御門のお姫様」
意識がはっきりしてくる感覚で目を覚ますと、そこには見慣れた天井がある
二匹を起こさないように隣の部屋を覗けば、すやすやと眠る二匹の狐の姿があった
「(脅威…)」
最近の妖の動きの中で目立つことも気になることもないけれど、あの言い方だとこれから何かが起こるのは間違いなさそうだ
すぐに響と美嘉宛に先程の夢の内容をしたためた手紙を書き、印を結んで二人の下へ飛ばす
朝早くだけれど二人とも気がついてくれるはずだ
−−−−
−−−
「で、脅威がやってくるからどうするのかって?」
昼休み、三人で今朝見た夢について屋上で話し合う
そんなの戦うに決まってんだろと意気込む響
美嘉は何かを考えるように黙り込んでいる
「美嘉?」
「百鬼夜行を成した妖怪は巫女様の封印で出てこれないはずでしょ、脅威っていうことは…百鬼夜行がまた起こるってこと?」
「分からないけど百鬼夜行で取り逃した妖はいるし、その残党がこの数百年で力をつけていても不思議じゃない」
教科書でしか見たことのない百鬼夜行
妖の群れが空を覆い尽くし、人間を次々と食らうおぞましい光景が広がると言われている
妖と人とは越えてはならない一線がある
互いにその均衡を保つために干渉しすぎてはならない
「とりあえず今度の定期総会でこの件は共有しましょう、私達三人が稲荷崎の管轄だけれど三人でどうにかなる話じゃないわ」
「そうだな」
「侑と治は?二匹なら百鬼夜行の止め方を知ってるんでしょ」
「それが、巫女の封印なのか思い出せないみたいで」
教科書では巫女が自らの神力を妖狐達に食らわせ、妖狐達の力で百鬼夜行が鎮められたとなっている
けれど、本当にそうなのだろうか
二匹のことを理解してきたと言ってもまだまだ分からないことだらけだ
「…俺はお前が犠牲になるなんてやり方認めねえからな」
「私も、それだけは絶対させない」
「ふふ、二人共優しいなあ」
「「能天気」」
いつ来るかわからない脅威に怯えるよりも今はこの時間を大切にしよう
声に出さず、そう誓った
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