▼アニメオリジナル内容を含みます

ざあざあと外から耳障りな音がする。雨ではない。雨なんてこの里には降らないのだから。音の原因である砂嵐は部屋の窓を揺らして外の悪天候を訴えてくる。窓越しに広がるのは自分が生まれ育った砂の地だ。けして豊かとはいえない色褪せた景色。見慣れたものだったが、○介はこれがあまり好きではなかった。いや、別にその景色や色が嫌いとはいえないかもしれない。ただ、窓に反射して映り込む自分の姿で思い出してしまうのだ、あの日の祖母の後ろ姿を。

○介は聡い子だった。柔らかい寝具に横たわりながらも、気付いてしてしまったのだ。もう、いくら待っても自分の父と母は帰ってこないのだと。忍の世界は残酷だ。それでも両親は忍であったし、○介もそれを誇らしく思っていた。理解していた。強くて優秀な父さまと優しくて美しい母さま。そんな2人の腕に包まれるのが、幼い○介は一等好きだった。
だからだろう、健気に親の帰りを待ち続ける孫にチヨバアは訃報を伝えるのを戸惑ったのだ。祖母なりに葛藤もあったのだろう。息子と娘を亡くして、彼女も思うことがあったはずだ。幼い子供へのその思慮は、例えごまかしであったとしても間違ったことではない。敢えて彼女が間違いがあったというなら、そこから、孫との距離を取り違えてしまったことだけだった。

「だってお前とチヨバア様は家族だろ?」

何てことはないようにコムシは言う。
普段は地下の工房から出てこない○介をたまにはと引っ張り出してきたのはコムシだったが、何を話すわけでもなく窓の外を見つめる友人に内心困っていた。綺麗な見た目に優秀な能力を持つ○介は同年代の女の子達から大層好かれていたが、なまじ口数が少ない分取っ付きにくい奴で、友人と言っていいのは自分だけだろうとコムシは思っている。とはいってもコムシ自身、○介がのめり込む傀儡に詳しいわけでもなく、無理矢理引っ張り出してきた手前、どうしたもんかと肩を落としていたのだ。そんな時だった、○介がぽつりとこぼしたのは。

「お前はどうして俺に構う」

窓の外に目を向けたまま言いやるので、コムシは一瞬誰に向かって問うているのか分からなかった。無意識に間抜けが声が出ていたのだろう、答えない自分にじれたのか、○介はやっとこちらを向いて、首を傾げる動きをする。元からそう表情を変える奴ではなかったが、能面のような無表情でじっと見てくるので、その(悔しいけれど女子が騒ぐくらいには)綺麗な顔が相俟って、首を傾ける姿は人形のように見えた。

「どうしてって…どういう意味だよ」

コムシ様は優しいからな、一人寂しく引きこもってるお前を連れ出すなんて何て事はないんだよ、と付け足す。
そもそも友人と付き合うのに理由などいるのかとコムシは思ったが、刺さるような視線に何故だか堪えきれなくなって、それから逃げるように胸を張って鼻を鳴らす。そうすると、やはり答えに納得しなかったのか、○介は傾けていた首を元に戻し、今度は「違う」と小さく横に振った。

「俺に構ったところでお前に利点は何もないだろう」

それだけ言うと、その先を続けるかどうか迷うように一旦息を呑む。そして刺すようだった視線をずらして続けた。

「…チヨバアに俺の面倒を見ろ、とでも頼まれたのか」

そう言った○介に、コムシは逃げていた目を元の位置に戻す。友人は普段と変わらない表情だったが、どこか雰囲気は違ったような気がした。かち合わない視線に気付かぬ内に息を吐いて、コムシは笑う。「コムシ様はしっかり者だかんなぁ!お前みたいな奴、放っといたらモヤシみたいになっちまいそうだからよ!」そう言って再度目が合った○介の目は、先程の人形のようなものではないように見えた。だから、コムシはそのまま笑顔で続けたのだ。

「そりゃあ、チヨバア様だってお前を心配してんだよ。だってお前とチヨバア様は家族だろ?」

家族だったら、孫だったら、相手を大切にするだろう、だからお前と仲良くしてやってくれと俺に言ってくれるんだぞ、と。「お前は羨ましいよなぁ」と普段通りの調子に戻ってしまったコムシは気付かなかった。それを聞いた○介が、どんな顔をしていたのかを。

崖上になっている場所から見下ろし、目の前に広がるのは自分が生まれ育った砂の地だ。昔から変わることのない、退屈でくだらない閉鎖的な場所。自分の友人だと笑っていた少年は、一体何の意味を込めて質問を投げ掛けられたのか分からないままだったのだろう。今思えばそれは当然だと思うが、その時の自分は、その意図に気付いてほしかったのだろうか。
──…いや、それとも。
里を目に焼き付けるように見下ろしながら、○介は口角を上げる。昔眺めていた窓の外の景色は相変わらず色褪せていて、酷くおかしいものに見えた。

「そんなこと、今更考えたって仕方ねぇか」

140720




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