男は言う。完璧な奴ほど、どこかで台無しになることを望んでいるのだと。窮屈な人生よりも、パーッと自由を謳歌した方が楽しいだろうと。だから自分達が台無しにしてやるのだと。
それを黙って聞いていた○子は、くだらない、と眠ってやりたいくらいその話に呆れていた。まさかこの場で寝てしまっては自分がここにいる意味を果たせないのでそうはしていないが、ここが教室だったら速攻机に伏せていたことだろう。
人が生きるのに肩書きなんて関係ないと、○子は思っている。「昔」卒業したあそこだって、様々な者にその学び舎を広げていたのだ。学ぶことを望むだけでよかった。でもそれを神崎が知る筈もなく、彼女は項垂れて男達の話に耳を貸す他ない。茅野が神崎の分まで男達を睨んではいるが、奴らには全く効いてはいないだろう。このままだと相手の良い様にされるだけだ。仕掛けるなら──こちらからでなくては。

「台無しの伝道師って…それって、どんなことを教えてくれるの?」

今まで黙りだった○子がにこり、と普段なら絶対にしない笑みを浮かべる。わざとらしく小首を傾げてみせれば、目の前の男はその意図に気付いたらしく厭らしく笑った。そしてそのまま、○子の拘束だけが解かれる。そう、これでいいのだ。
男達の無骨な手が我先にと伸びてくる。乱暴に床に押し付けられた。ボタンを外す間惜しいのか、着ていたカーディガンが悲惨な音を立てて裂かれる。それを見て「あーあ、このカーディガン気に入ってたのに」と他人事のように心の中でごちた。深緑のそれは、自分の見目をそこまで気にしない○子にしては珍しく、自ら選んで買ったものだった。その緑が、どこか「昔」私服として着ていたものと同じように思えたから。
ぼう、と思考を飛ばしている○子の、次はブラウスのボタンが弾かれる。何を一体そうまでして急ぐのか。自分はこの場から逃げるつもりはないというのに。
無反応な○子の代わりに、後ろの茅野と神崎が息を飲んだのが聞こえた。自分との約束通り、何とか「静かにして待って」いてくれているようだ。彼女達が堪えられるのも時間の問題かもしれないが、そこらへんは大丈夫だと思うしかない。更にいえば、これから自分にされるだろう事が彼女達の目や耳に入らなければそれが一番いいのだけれど。

「私に何が起こっても、二人で固まって、出来るだけ隅で静かに待っててくれないかな。そうすれば、きっとすぐにあの先生が助けに来てくれると思うから」

車から連れ出される直前、○子はそう二人に「お願い」した。自分が不良達の気を引き付ける。茅野と神崎まで被害が及ぶ前に、班員の皆や担任が助けに来てくれれば、こちらの勝ちだ。それまで、自分が奴らを食い止めていればいい。
二人が反論を口にする前に男達に引っ張り出されたのも、運が良かったといえばそうなのだろう。あそこで反論されれば、この目論見がバレていたかもしれない。
ブラウスから覗く下着を見下ろしてにやにやと笑う男達を見上げて、○子は鼻で笑ってやりたくなった。これで二度と消えない傷を負う?これで自然体に戻してもらえる?──戯言もいいところだ。

「私に何をしたって、どうもなりはしないのにね」

ぼそり、と呟いた言葉に男達は気付いていない。誰に向けた言葉でもない言葉は、○子の中でずっと繰り返されていたものだった。自分がどうなったって「今」を何とも思わないのだと。どうでもいい、と○子が溜息を吐くのと、男が○子の下着に手を伸ばすのは同時だった。しかし後者は、必死な声に遮られる。

「○子を放しなさいよ…!」
「アァ?」
「(茅ちゃんの馬鹿…)」

友人が襲われる様を黙って見ていられるほど薄情じゃない。例えそれが友人自身からの「お願い」だとしてもだ。こちらをキッと睨む茅野に、そうだこいつらもいたのだと、不良達は笑みを深くする。…万事休すだ。二人が襲われるのと自分がそうなるのとじゃ重みが違う。押し倒された状態で脳を回転させる○子の耳に、扉の開く音が聞こえてくるのは、その直後のことだった。
白目を剥いて痙攣したその醜態。突き出された不良越しに見えるクラスメイト達は頼もしい限りだ。その表情を見るに何かしら策があるのだろう。一先ず安心かな、と息を吐けば、不良を投げ捨てたカルマに青筋が立っているのが見えた。そういや不意打ちで後頭部殴られてたもんなぁ、そりゃ怒るわ、とこれから起こるであろう惨事に合掌したくなる。
内心そうふざけていると、ふと、カルマと目が合った気がした。気のせいかもしれない。けれどその目が心なしか怒っているように見えて、何故不良達でなく自分にそれが向けられるかと、○子は今度は正しい意味で首を傾げたのだった。


150406 しおりの時間




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