「京都に行ったら辻利の抹茶パフェが食べたい」

いつになく真剣な顔をした○子が、向かい合わせている机の上で仰々しく手を組んでそう告げた。さながら何かの司令官のようである。それに頷いたのは目を輝かせた茅野だけで、他の――修学旅行4班の班員達は、苦笑いをしたり溜息を吐いたりと様々だ。杉野は「珍しく暗殺に乗り気なのかと思ったら、綾部お前…」と頭を抱えているし、カルマなんかは○子の意見に割と乗り気なのか「じゃあどうせなら本店がいいんじゃない?」と観光雑誌を捲っている。
そう、現在彼らは修学旅行の班行動で巡る場所の計画を立てている真っ最中であった。

「本店は…ああ、祇園本店って書いてあるね」
「祇園?じゃあこんなコースはどうかな?」

お淑やかに笑う神崎が提案した案に、○子は成程、とこっそり頷く。あそこは確かに暗殺に最適な立地かもしれない。…まぁ、自分が暗殺に参加するつもりは、今回の旅行においても更々ないのだけれども。



と、そんな言葉をひっそりとこぼしたのは数日前のことだ。修学旅行当日である今日、京都へ向かう新幹線の中で○子は座席に身体を沈めていた。しぱしぱと瞬きを繰り返す○子に、花札を片手にした茅野はあれ、と目を丸くする。

「○子、もしかして眠い?寝るんだったら五月蝿いかもだし席移動しようか?」
「ん…大丈夫…」
「なぁに綾部さん、もしかして今日が楽しみで昨日眠れなかったクチ?」
「いや…修学旅行中は流石に出来ないと思って…夜通し穴掘りしてたから…掘り貯めを…」
「掘り貯め…?」

すぐにからかい出すカルマに投げる返事もいつもより遅い。聞き馴染みの無さ過ぎる言葉に渚は苦笑いを浮かべつつも「でも夜通しってすごいね」と続けた。

「一晩中起きてた上に外にいたんでしょ?家の人に怒られない?」
「まぁ怒る人もいないしね」
「?綾部さんって一人暮らしなんだ?」
「いや、母親が帰ってこないだけ」

とさらりと言う○子に、渚と茅野は顔を見合わせた。少し前に「皆のちょっと意外な面が見られる」だとか話していたが、これはちょっとどころの話ではない。中学生で一人暮らしだとしたらそれだけで特殊なことだろうに、更に理由が理由そうだ。それに気付いたのか、ああ、と手を振る。

「別に大したことじゃないよ、私は今の方が気楽だし」
「そ、そうなんだ…」
「それで?」

頬杖をついてカルマは続きを促す。何と返していいのか分からなかった渚は彼の機転にこっそり感謝した。

「そう、だからもうね、止まらなくて」
「それで一晩…」

欠伸を噛み締める○子に、茅野は「まぁ体調が悪いとかじゃないならよかったよ」と笑う。うとうとと頭を揺らしながらも「平気だよ」と○子は緩く親指を立てた。

「抹茶パフェ食べたら目が覚めるから…すごく元気になるから…大丈夫…」
「あ、やっぱり目的はそれなんだ」
「綾部さんは本当に抹茶パフェが食べたいんだね…」

渚の乾いた笑い声が車両内に響く。誰の意識がどうであれ、修学旅行は始まったばかりだ。
――そしてこの旅行で、予想すらしていない出来事に遭遇すると、この時の○子が知るわけもないのだった。


150313→200502 旅行の時間




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