「綾部さんは本校舎に行かないのか?全校集会のはずだが」
「今日は「体調が悪い」ので大人しく教室で待ってまーす」

廊下から訊ねてくる烏間に、○子はわざとらしく手を挙げて答える。行儀悪く傾けて遊んでいた椅子がギイギイと音を立てた。確かに彼女は普段から元気溌剌とした生徒ではないが、午前中に土いじりをしていたのを烏間はしっかりと見ていた。……つまり行きたくないが故のただの仮病である。
「烏間先生はこれから行くんでしょう?」と今日もぴしっと決めたスーツ姿を見れば、彼はいつも通りの真面目な顔で頷いた。烏間はE組の表向きの担任教諭だ、本校舎の教師達へ顔を見せる必要もあるのだろう。
今さっき旧校舎を出発したE組の生徒達を追う形ですぐにでもここを出るのであろう彼に、○子は「大変だなぁ」と他人事のように思った。実際他人事なのだが。
そんなことを思われているとも知らず、烏間は「ずっと訊きたかったことがあるんだが」とこちらをじっと見つめてくる。

「どうして君は暗殺に参加しない?」

○子は椅子で遊んだまま「唐突ですね」と返した。いや、彼の中では唐突に出た言葉ではなかったのだろう。積極性に差はあれど、E組は皆何かしらの方法で暗殺に取り組んでいる。唯一、○子を除いて。
早く本校舎に行けばいいものを、わざわざ教室に来たのは自分を説得するためだったのか、と○子はこっそり溜め息を吐いた。

「「暗殺」というものに拒否感を覚えているのかもしれない。…けれどこちらとしても君達に奴の暗殺を頼むしかないんだ。勝手なのは承知だが、地球のためにも分かってくれないか」
「……別にそれに対して否定的なわけじゃないですよ。相手は見た目からしてモンスターですしね、ゲームだったら完全に敵じゃないですか」
「それなら何故、」
「その疑問に答えたとして、私が烏間先生の期待に応えることはありません」

椅子から立ち上がった○子は、ゆっくりと歩いて烏間の目の前で止まる。その拍子に踏まれた教室の扉のレールが二人の間で乾いた音を立てた。

「烏間先生、早く行かないと集会始まっちゃいますよ?」
「……、そうだな」

首を傾げてこちらを見上げてくる生徒に、烏間は眉間を押さえる。彼女はどうやら一筋縄ではいかないようだった。
何とか今回は諦めてくれたらしい烏間に、○子は「大変だなぁ」とまた他人事のように思う。この場合の原因は自分にあるのだが。
それでも○子は自分の意志を曲げるつもりはなかった。いや、意志などといった立派なものではないが、烏間が再び説得に来ようとも、先程からこっそり此方を覗いていた黄色い触手が何かしらを仕掛けてきたとしても、○子は是と答えないだろう。
触手の持ち主が本校舎へ飛んで行ったのを確認して、自分の席に腰を下ろす。そこから見上げる空は今日も変わらず穏やかで、暖かい風が心地良い。誰もいない教室を見渡して──○子はたまらなくなって机に突っ伏した。

「…だって、暗殺をしてまで得たいものが私にはないんだもの」

どうでもいい、と最後に付け加えられた○子の呟きを聞く者も、その真意を知る者も、この場には誰もいなかった。


150214 集会の時間




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