たまには大まじめ(Pen視点)
始まりは食堂からだった。
何の変哲もない朝。リコリスはおれの目の前に座って皿に唯一残された野菜を睨んでいた。
全部食べろよ、そう声を掛けようとしたがリコリスは一足早く野菜をキャスケットの口に投げ入れてしまったので言葉を飲み込む。
飲み込まれた言葉の代わりに、今度はリコリスが口を開いた。
「そういえば、ロー船長夜なにしてるのかな?」
「ぶふっ!」
「うわぁ、汚なっ」
「……キャス、今何考えた」
「別に変な事考えてねぇよ!」
思春期か。
キャスケットの前がベポで良かった。ベポには悪いけれど。リコリスがほおりこんだ野菜は結局、キャッチ&リリースされてしまった様だ。
「どうしたんだ、急に」
「んー、なんかロー船長って何時も読書か昼寝のイメージしかないし。夜もずっと読書かなぁ、と」
「寝てるんじゃないのか?」
「あんな立派な隈だよ?」
「あー……」
「ってな訳で、今回は! 謎に包まれたロー船長のベールを剥いでみようと思います」
「そういう事か、全く紛らわしい事言うなよな」
咳込み終わったキャスケットが気を取り直してスパゲティーを口に運ぶ。ベポは席を一つ移動した。賢明だと思う。
「キャスは黙ってて」
「ひどっ……!」
「わぁ、おれもやりたい」
「ベポ……止めておけ」
「ん、ペンさんがやりたいの? 仕方ないな」
何故そうなる。
よしよし、交ぜてまげるから仲良くね、とウインクしてくるリコリス。
黙っておけば可愛い部類だというのに……。ウザいと思った。
だが……まぁ、付き合ってやるか。リコリスが下手すればこちらにも何かの被害が来るだろうし。仕方なく頷く。
「さてと、では一日観察大作戦スタート」
「あいあい」
そうして、あれ、おれ一人? とこちらを見てくるキャスケットの視線を無視して、おれ達は食堂から出たのだった。
「あさの10時頃、キャプテン起きた」
「おーけー」
「…………」
物陰に隠れて充分に距離をとり、船長の様子を盗み見る。ベポとリコリスはノリノリで何やらメモしていた。船長はコックと話をしていてこちらには気付いていない……多分。
「きゃー、ベポ! ロー船長があくびした。ナイスショット」
「あ、リコリス! キャプテン髪跳ねてるよ」
「何処何処?」
「右下あたり」
「わぉ。新発見! メモメモ」
本題からズレていっている2人。ただのストーカーへと化している。いや、しかし。元々がストーカー的行為な訳で。ある意味ズレていないんじゃないのかと思い、頭を抱える。
「こうしてみると朝は睡眠ばっちしなのにねー」
「夜が遅いんだよ。きっと」
どんだけ隈に興味津々だ。だが、真剣に仮説を言い合い初めた本人らは大まじめ。どう突っ込んだら良いのかイマイチ分からない。もう少しほって置くことにした。
* * *
その後も2人のストーカー行為は続き、昼過ぎになった。
「おい、ベポ」
「あいあいー」
ベポが呼ばれて、リコリスが羨ましそうに眺める。ベポを枕にして船長が昼寝を始めるのだ。もはや日課で名物な光景。
「……と、リコリス」
「ん?」
何時もなら船長は既に夢の世界へ、の筈が今回は違う。
一足先に呼ばれたベポが正座をしている。呼ばれると嬉しそうに跳んでいくリコリスだが、その違和感に気付いたらしい。僅かに冷や汗を流しながら、船長の元へと向かっていった。これは、もしや……思わず手を合わせた。
「今日一日何のつもりだったんだ?」
「え……わぁ、あの」
「あァ?」
気になって目を凝らすと案の定、正座継続中のベポの横で船長に詰め寄られているリコリスがいた。
「ち……っ、近いです近いですヤバいです」
「聞こえねぇ」
確かに、あれは色んな意味でヤバいと思う。リコリスには。しかも船長が皺を寄せながら、某部屋の構えをとり始めたのだから白状するしかない。リコリスは青ざめて弾丸の様にまくし立てた。
「ロー船長の観察日記的なの付けてました大した代物ではないのでスルーしてくれたら嬉しいなーなんてね冗談ですよ取り敢えず謝りますごめんなさい」
「……"room"」
「うわぁあわぁー! 腕がぁー!」
そうして、観察日記と称されたノートは結局数ページ使っただけで破棄されたのだった。
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